大分移住手帖

下郷で有機農家として暮らすために夫婦で移住

Tomomi Imai

取材者情報

お名前
吉田敦
吉田翔子
出身地・前住所
出身地:中津市(敦)・京都郡苅田町(翔子)
前住所:長崎県雲仙市
現住所
現住所:大分県中津市下郷
年齢
敦 30歳
翔子 33歳
家族構成
4人
職業
農家
Webサイト
https://www.instagram.com/hioke_noranora/

吉田さんご夫婦は、夫・敦さんが大分県中津市生まれ、妻・翔子さんが福岡県苅田町生まれで、「下郷」の名前で親しまれている中津市耶馬溪町で行われた稲刈りイベントで出会い、結婚しました。お二方とも有機農業をしながら暮らしたいと、他の地域にも足を運びつつ、縁あって下郷地域に2021年4月に移住されたそう。そんなお二人の移住までの経緯と、現在の暮らしについてお聞きしてきました。

地元団体が主催の稲刈りイベントをきっかけに下郷に関わるように。

稲刈りイベントの田植えの様子。

中津市下郷地域は、60年以上前から有機農業に取り組んできた地域です。下郷は土地が狭く、大規模農業が出来ないため、かつて移住してきた方々がこの地ならではの農法を試行錯誤しながら編み出してきたそうです。下郷農協は全国でも早い段階で農薬や肥料、除草剤を使わず栽培した農作物販売に積極的に取り組んだ場所として知られています。下郷地域で作られる下郷牛乳は地元でも愛されています。

そんな下郷地域には、有機農法を教えてくれる方々も多く、吉田夫妻もここで活動する「樋桶の郷」が主催の稲刈りイベントに参加したのが、下郷地域に関わる最初のきっかけだったとか。

敦:7年ほど前にそのイベントを見つけてくれたのが親で、一緒に行くことになったんです。当時は介護の仕事をしていました。元々自然に関わる仕事がしたくて、その1つに農業もあるなとざっくりと思っていだけでした。その後、主催の方が別の地域のオーガニックイベントで講演をされていて、その考え方や想いが面白いと思い、土日に下郷地域へ通うようになりました。

所狭しと並ぶ地元の食材を使った手料理

翔子:私は元々歯科技工士で、体調を崩して辞めてしまったのですが、その後、縁あって歯科の事務をしていました。ずっと歯に関わる仕事を続けたいと思っていたのですが、治療で治すことよりも、食べ物によって健康面から歯に関する病気を予防したり、歯を守っていくことに興味が出始めていて。26歳の頃から本格的に食について考え始め、自分で食べ物を作れないかと移住先を探して大阪府、鹿児島県屋久島、島根県の西之島、香川県の直島など、西日本を中心に旅をしました。

その頃に『九州の食卓』という雑誌を見つけて、その中で下郷の特集が4ページほどあったんです。そこに稲刈りワークショップの情報があり、参加したのが下郷地域に興味を持ったきっかけでした。

集落の人たちで協力し合いながら生きるという姿勢がかっこよかった

協力し合いながら農作業を進める。

縁あって同じ稲刈りイベントに参加するなど、価値観が近かったというお二人。そんなお二人が下郷地域が良いと思った理由をお聞きしました。

敦:イベントを主催された方も、今関わっている法人組合も、農薬、肥料、除草剤を使わずに米や農作物を育てようという考え方があったところですね。また、山の中で色々なことを集落の人たちが協力し合いながら生きている姿勢がかっこいいなと思いました。出会った方々もとても心地よい雰囲気の方が多く、関わりやすかったのも大きいですね。集落の雰囲気を作るのは、景色も大事ですが、やっぱり“人”だと感じました。

翔子:暮らす上で色々な相談に乗ってくれる人がいて、助けてくれる人がいます。それはすごく大きいです。また有機農業にも惹かれましたが、暮らし方そのものが自然と寄り添ったものである事に安心感を感じました。

なかなか決まらなかった暮らす家

下郷地域と関わるようになって1年ほど経った頃、ご結婚された二人。下郷地域移住に向けての準備を始めるため、まずは中津市中心部のアパートを借りて暮らしながら、空き家探しや仕事の整理などを始めたそうです。しかし、なかなか空き家が見つからず苦労したのだとか。

敦:下郷地域の農業法人に通いながら農業を学びつつ、空き家を探しました。いくつか空き家はあったのですが、住める状態でなかったり、借りられない状況にあったり。僕たちの手で探すといっても空き家バンクなどのインターネット上にあがっている物件の情報しか無かったので、中々希望に合う物件を見つけられませんでした。

一方、翔子さんは金銭面の問題などもあり、福岡県での仕事を続けたそう。

翔子:結婚したての頃は中津市に住みながら福岡県北九州市にある職場へ電車で通っていました。私は何をするにも資金や心の準備期間が必要と思うタイプで、住む場所や仕事など、いきなり全ての環境が変わってしまうと流石にきついのではと思い、勤務地は少々遠いけど当時の仕事を続けました。

長崎県雲仙市の地域おこし協力隊制度を利用して農家修行に。

雲仙市で修行をしていた頃の様子

下郷に住みたいと思っていたものの、空き家がなかなか見つからず、下郷地域に通いながら農業を続けていた敦さん。2年目の頃に長い日照りが続き、収穫量が少なかった時期があったのだとか。農家として生きていく上でもう少し農業を学びたいと考えていた敦さんは、不作の時期を逆手に取り、長崎県雲仙市の地域おこし協力隊制度を活用して、農業修行に出ることに決めたそうです。同時期に翔子さんが妊娠。出産の少し前に敦さんが先に雲仙市に行き、産後3ヶ月経った頃に翔子さんと子どもさんが後を追いかけて家族3人雲仙市へ一時的に移住しました。

敦:雲仙市の地域おこし協力隊制度を活用して、農作物の配送支援を行う企画に携わりました。朝納品したら仕事が終わるので、空いている時間を使って研修に行かせてもらうなどしました。研修と言っても、自分で農家の方と知り合いになって、こんな研修をしてくれとオファーしていました。

子守りをしながらの作業風景。

2-3ヶ月に1回は下郷地域へ通う日々

雲海も見えるという家の庭からの景色。取材もこちらでさせていただきました。

雲仙市での生活が2年目に入った頃、2人目の子を妊娠した翔子さんは、敦さんを雲仙市に残し、里帰り出産をしたそう。帰省にあわせて2-3ヶ月に1回は下郷地域に通い、ここに住む意欲を伝えたり、良い家がないかと聞き続けたそうです。

翔子:雲仙市も素敵な方は多かったのですが、どこで、どう生きたいか、どんな子育てをしたいかと考えた時に、やっぱり下郷地域だなと思いました。実家と1時間半くらいで行き来できる距離であることも大きかったです。

雲海も日によって様々な表情が。

地元の方が空き家を見つけてくれて晴れて移住

手前が畑、奥が田んぼ。

敦さんが地域おこし協力隊の任期を終えた頃、ようやく下郷で今の家に出会えたそうです。目星をつけていた空き家の持ち主を地元の方が探してくれていて、ようやく繋がったのだとか。

敦:空き家を探し始めて5年ほど経っていましたが、ようやく納得できる物件に巡り会えました。納屋もあり、目の前に田んぼや畑用の土地もある良い場所です。

樋桶の郷のみなさんが放棄地の管理や、田畑の管理をしてくれているおかげで、移住が決まった後もすぐに農地を借りることができました。お借りした田んぼは自分たちで草刈りをして、整備をし、現在に至っています。地元の方も手伝ってくれました。今年は180kgほどの米が獲れました。

通称「空(ソラ)」の家。

 

移住が決まった場所は、少し標高が高いところにあり、景色が美しい場所。山の中でする農業は気持ち良いと、敦さんは語ります。

敦:中津市内にある祖父の家の草刈りはよくやっていますが、ここで農業をするのとは感覚が全然違いますね。作業が落ち着いてちょっと腰を上げた時に吹く風がとても気持ちいいんです。また、空気が澄んでいてとてもきれいなところも気に入っています。

翔子:朝は雲海が見れる日もあります。子どもの寝かしつけのため、夜に外に出た時も、周りに光がほとんど無いので星がすごく綺麗ですよ。

吉田家族が借りた家は、集落では通称「空(ソラ)」と呼ばれてもいて、そんな愛称があるのもこの家に愛着が沸いた1つの理由だったそうです。

雲海の見える空の家より 撮影:敦

集落内には子育て世代はおらず、地域の皆さんが「若い人が来てくれた」と快く受け入れてくれたのだとか。移住する前からこの地で農業をしていたこともあり、集会などに顔を出すと「あら、あなたが吉田さんね」という感じで声をかけてもらえるなど、スムーズに地域に入れたとのこと。

稲刈りの様子

子育て環境は良好。買い出し先は遠いが、まとめ買いで解決。

下郷地区には下郷保育所があり、そこには20世帯ほど約30名の子どもが預けられているそうです。自然も多く、子育て世代ともその場で交流ができるので、子育て環境は良いとのこと。日用品を買うためには、車で30分〜1時間ほど下って三光地域や中津市内へ行くそうですが、現在はネット通販や宅急便も発達しているので、不自由はないとのことです。

翔子:買い出しに行く際はまとめ買いをします。とはいえ、下郷農協にお肉もあるし、野菜は自分たちで育てているため、そもそも買うものが少ないです。

農家は年中仕事があるので二人三脚で

吉田家のお野菜はハリがあってみずみずしい。

現在、敦さんは農業組合法人樋桶の郷に勤務しながら、ご自身でも農業を行っています。複数の作物を作っているため、年中仕事があるのだとか。現在2人の子育てをしている翔子さんも、手が空けば手伝い、夫婦二人三脚で頑張っています。

敦:だいたい畑は二毛作なので、秋に種を蒔いて冬に収穫し、冬の間に夏用の苗の準備を始め、春に植えて夏に収穫します。田んぼは5-7月に忙しくて、10月は稲刈り。冬に向けてまた準備をして、1月に少しだけ時間ができるのですが、その間にビニールトンネルなどの準備を行います。子育てもしながらなので、自分たちのペースを作るのが今は大変ですね。現在勤務している法人から給料をいただいていますが、それだけでは家族4人を養うにはギリギリなので、自分たちでも野菜を売っています。今後余裕を持てるように、国が行っている「農の雇用事業」を活用したりしながら更に軌道に乗せてきたいです。

メンタルヘルス問題は課題。

家からの夕焼け。

移住して半年が経った吉田家族。現在課題に思っているのは、「メンタルヘルス」だと言います。家事や子育て、農業とやることが多く、心身ともに疲れてしまうこともあるようです。

翔子:自分の時間が無いのが辛いですね。現在はまだ生活を整える時間が必要で、日々の生活や仕事、子育てとなかなか大変です。クローゼットなどもまだ出来上がっていないので、洗濯物が置きっぱなしに。子どもが触るから雪崩が起きることもしょっちゅうです(笑)。ストレス発散にと本を読んだり楽器を弾いたりしたいのですが今のところ時間が無いですね。でも、野菜の納品日に寄った義実家で義母が話を聞いてくれたり、食事に連れて行ってくれたりするので、精神的にかなり助かっています。よく相談もします。

そんなお二人にとって、農業の面で集落の方や友人がお手伝いに来てくれるのはとても助かるのだとか。

翔子:1人で作業するのも好きですが、人が来た時は安心感と心強さを感じて気持ちが楽になります。

敦:農業は1人助っ人が増えただけでも大分助かりますね。助けてくれる方々と出会えたことは、幸せなことです。

最後に

有機農家として暮らしていくために、中津市下郷地域を選んだ吉田夫婦。家探しに苦労されながらも下郷への移住を諦めず、自分たちのしたい暮らしを実現しようとする姿が印象的です。そんな吉田家のお野菜は北九州や大分県各所でも買うことができますので、ぜひ味わってみて欲しいです。

WRITER 記事を書いた人

Tomomi Imai

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snufkiins LLC. 代表社員
離島移住計画 代表
Re-harmo PJ オーナー
25歳でフリーランスとして独立し、多様な分野にてプロデュースやディレクター業を経験。モノコトヒトをつなぐひと。多様な伴走を得意とする。国内外問わず事務局代行・企画編集など多様な業界を経て2018年に法人化。長崎県上五島にてキャンプ場兼カフェ「Re-harmo PJ」を展開し、島に仕事や場を作ったり。絶賛子育て中。ヨガ・サーフィン・音楽・映画・コーヒー・日曜大工が趣味。

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