子どもの急な発熱や、熱が続いてなかなか仕事に行けないなど、さまざまな事情により子育ての悩みを抱える家庭が増えています。そんな困ったときの強い味方になるのが病児保育施設ですが、全国的にみても数が少なく、利用したい時に予約がいっぱいで利用できないという声も少なくありません。
今回取材した大分市にあるSick Child Care Stationさくらいろ保育園は、以前大分県庁で福祉保健行政に携わっていた太田さんと奥様が連携して令和2年に開園した病児保育施設です。全国的にもまだ珍しい送迎サービスにも対応しています。大分県内の先駆けとして新たな病児保育事業をされているさくらいろ保育園の太田さんにお話を伺いました。
病児保育とは
そもそも病児保育とはどのようなものなのでしょうか。
病気に罹った子どもを預ける施設
病児保育とは国の病児保育事業の総称であり、子どもが病気の際に自宅での保育が困難な場合に、病院・保育所等において、病気の児童を一時的に保育することで、安心して子育てができる環境整備を図る(※1)ことを目的としたものです。病気もしくは回復期の子どもを預かる施設型と、自宅へ出向く訪問型の大きく2つに分けられます。事業主体の多くは市町村ですが、施設運営は病院や保育施設などさまざまです。病児保育施設は全国的にも数が足りないことが社会問題となっていますが、現在約7割近くもの病児保育施設が、利益がないもしくは赤字(※2)ということから、施設を増やすことが難しいというのが現状です。
(※1)出典:厚生労働省「保育環境改善等事業」病児保育事業目的
(※2)出典:厚生労働省「病児保育事業の運営状況に関する調査 報告書」第2章3
大分県の病児保育施設について
大分県の病児保育施設の対象は小学生以下であり、親の就労状況に関係なく利用することができます。市町村が委託する施設では、給食費込みで一日1000〜2000円(非課税や生活保護世帯では減免制度あり)で利用できますが、住んでいる場所と預ける施設の市が異なる場合は金額が異なります。また幼児教育・保育の無償化の対象施設となっており、地域によっては助成金が下りることもありますので、利用前に市町村に確認することをおすすめします。病児保育を初めて利用する際は地域により異なりますが、事前にかかりつけの医療機関を受診し、申請書を提出する必要があります。
現在、大分県の病児保育施設は令和2年度末の時点で39施設ですが、他の都道府県と比べた場合、人口当たりの病児保育の定員数は、全国平均より高くなっています。またさくらいろ保育園が行っている送迎サービスを取り入れている施設は全国でも5%(※3)にも満たないのが現状です。まさに先進的な取り組みをされているさくらいろ保育園についてご紹介します。
(※3)出典:厚生労働省「病児保育事業の運営状況に関する調査 報告書」第2章(10)
さくらいろ保育園とは
さくらいろ保育園について太田さんに詳しくお話を伺いました。
さくらいろ保育園は市の委託施設ではありませんが、厚生労働省が定める病児保育実施要綱の基準を遵守して運営されています。さらに、病児保育に付随するさまざまなサービスも備えています。
太田:会社を経営する妻と県庁に勤める私が3人の子どもを育てながら充実した生活を送るために、子どもの病気が一番脅威であった時期がありました。お互い仕事が忙しく2人とも休めない日は「こんな日に子どもが病気になったらどうしよう」と不安でいっぱいで、その不安が子どもに伝わり発熱してしまうといったことが何年も続き、子育て自体を辛く感じるようになっていました。「この不安や苦しみは私たちだけが味わっているのだろうか?決してそうではない」と思い、私たちと同様に子どもの病気が原因で苦しむ多くの保護者が安心して子育てと仕事ができるように、病児保育事業をスタートさせようと決意しました。
太田さんは県庁職員時代に、共働き家庭の意見として「病児保育が利用しづらいので利用しない」、「利用されていないのでこれ以上増やすこともできない」という現実にぶつかったそうです。そのため、今ある施設やサービスを最大限利用できる「潤滑油」のような役割を果たす施設があれば、自ずと病児保育の利用者が増え、その結果施設も増えると考え、県庁を退職しさくらいろ保育園を始めることにしたそうです。
さくらいろ保育園サービス料金
さくらいろ保育園は生後6ヵ月~小学校6年生の子を対象に最大5名預かることができます。空気感染する「麻疹(はしか)」「水ぼうそう」「おたふくかぜ」については感染リスクを考慮して預かることができません。
サービスを利用するためには事前登録が必要になりますが、その際に「プレミアム会員」と「一般会員」の2つを選択することができます。
プレミアム会員は、月額3000円となりますが、その他サービスを一般会員と比べ安く利用でき、優先的に予約をとることができます。食事は給食500円・おやつ150円で利用でき、持ち込みもできます。
近隣の小児科と個別契約しており、病状の急変など緊急の対応が必要な場合でも、スムーズに受診することができます。また、病児保育中の様子は、お昼に一度写真とともにLINEで報告もしてくれるので安心できます。
朝6時半から予約可能
通常、病児保育予約は、前日は夕方までで締め切り、当日は朝8時半から予約開始というところが多いですが、さくらいろ保育園は、一般会員の場合は当日の朝6時半から、プレミアム会員の場合は、前日の0時から予約が可能です。当日の朝早くから予約ができる施設はとても珍しいと言えます。また、予約については「あずかるこちゃん」というアプリを使用するので簡単です。このアプリによる予約システムを県内で初めて導入したのがさくらいろ保育園だとか。今後、大分県内でも同じアプリを使った病児保育施設が更に増えていくそうです。
太田:一般的な病児保育施設は、朝8時半からの受け付けとなることが多いですが、8時半には仕事が始まっていますよね。子どもの多くは急に夜中に体調を崩すか、朝起こしてみると発熱していたということがよくあります。そんな時、親としては「子どもが急病だから病院に連れて行かなくてはいけないけど、仕事にも行かないといけない」「誰にも預かってもらえない」その現実に直面し膝から崩れ落ちるわけです。つまり危機は朝8時半より前に始まっている。僕はそれが問題だとずっと思っていました。実際、朝の7時半前後には全て予約が決まります。なお前日から予約をしても朝の7時半までならキャンセルすることができます。
急な発熱でも安心!こどもレスキューと病院受診代行
さくらいろ保育園の特徴的なサービスがこどもレスキューです。保育園に預けたと思ったら、「発熱した」と呼び出しの電話。どうしても抜けられない仕事がある場合、途方にくれてしまいます。そんな時に使って欲しいと太田さんは話します。
太田:身内の方に看てもらうのが一番いいとは思いますが、子どもが保育園等で急に体調が悪くなったけど誰も頼れない時に我々がサポートをします。ご両親の代わりに保育園にお迎えに行ってかかりつけ医に連れて行き、そのままさくらいろ保育園でお預かりをします。体調が悪くなってから、仕事が終わるまでの少しの時間を切り抜ければなんとかなる時がありますよね。
利用前には迎えに行く保育園と事前調整が必要なことや、保育園の方針によっては利用できない場合もあるので事前に利用登録を済ませておく必要があります。
お迎えに行ける範囲は、病気の子どもを長時間移動させることを避けるため、さくらいろ保育園から約30分以内の範囲です。送迎対応はなんとベンツ!移動中の子どもを守るために、世界最高水準の安全性を備えた車を選んだそうです。
企業が協賛するペンギンケア
こどもレスキューと同じサービス内容ですが新電力おおいた株式会社が協賛するペンギンケアというサービスがあります。何が違うのか太田さんに説明してもらいました。
太田:私は、「社会課題は社会インフラで解決する」をスローガンに掲げて一般社団法人ペンギンケア協会の代表理事として活動しています。ペンギンケアは新電力おおいたさんにスポンサーになっていただいているサービスです。皆さんから集めた税金で公的サービスが提供されているように、電気も税金と同じように皆さんから集めたお金で供給されています。その皆さんから集める電気料金と一緒に少しずつ善意も集めて病児保育やこども食堂などを支援する電気料金プランを作ってほしいと新電力おおいたの山野社長に直談判しました。
現在ペンギンケアと提携している保育園は4箇所あり、その提携先の保育園を利用しているお子さんをこどもレスキューでお迎えに行く場合、病院受診代行を通常1000円/回のところ500円/回で、病院受診代行+さくらいろ保育園1日利用を1000円で利用することができます。新電力おおいた株式会社がこども未来でんきで集めた善意で支援をしてくれているので、こんなに安く利用することができます。
個室管理で感染対策は万全
さくらいろ保育園は全てが個室対応であり、利用中の子ども同士が触れ合うことはありません。トイレで排泄できる子は部屋の外のトイレを使用しますが、それ以外は全て部屋の中で対応してくれます。また看護師や保育士が入室する際には、ガウンを着用するなど感染症を他の子どもにうつさないための管理が徹底されているので安心です。
食事も子どもが喜ぶものを
病気の子どもを預ける時に気になることのひとつが食事です。さくらいろ保育園では近所にある府内町のWam am cafeさんが作った食事を提供しています。
食欲のない子は、食べられそうな物を持ち込みすることもできますし、給食を食べられない子には、うどんやおかゆなどの提供もしてくれるそうです。先日利用されたお子さんで、お母さんが梅粥を作って持たせてくれたそうですが、「食べたくない」とのことで、急遽本人の希望でおにぎりを作って出したとか。子どもが病気の時に、一番困る食事にも1人1人に寄り添って対応してくれるので安心ですね。
断らないこと、その安心感が家庭の安定につながる
自身も子育てで苦い思いを経験した太田さんは、子どもの病気をめぐる夫婦間のストレスにおいて「そこに争いは必要ない、どうしようもない時に使って欲しい」と説明します。
利用するのは救急車のようにどうしてもの時に
太田:私に求められている病児保育は消防署のようなもの、緊急で一番困っている時に対応するのがさくらいろ保育園です。救急車が出動することなく、そこにあるだけで安心できる世の中がいいように、病児保育もあるだけで安心であり稼働しないことが一番です。私自身子育てで頼れる人がいなくて辛い思いをしたので、働きながら自分の親に頼らなくても社会が守ってくれる、安心して子育てできるというのが大切だと思っています。
実は、今日も子どもが病気で休んでいる職員がいます。職員からは、自分の子どもが病気でも「さくらいろ保育園へ連れて行くので今日も出勤しますね」と言ってくれることがありますが、その時は気にせず休むように言っています。子どもは病気の時に親に甘えたいものですし、親もそばにいてあげたいと思っていますよね。子どもが病気の時に休めるのがいい社会ですから。
太田さんは、緊急時だけ少し高いけどさくらいろ保育園を利用して、2日目、3日目は市町村が委託している病児保育施設や家族の看病に切り替えて利用してほしいと話します。どうしようもなく困った時に「ここに相談すれば何とかしてくれる」そういう場所が一箇所あるだけで、安心感は全く違います。
満床の時は、他の施設への送迎対応やファミサポの利用を
今後感染症が流行する時期になり、利用したい方が多数いた場合でも断られる心配はないのか伺いました。
太田:断ることはほぼありません。もしこどもレスキューで呼ばれて受診後にさくらいろ保育園で預かることができなくても他の病児保育施設などに送迎します。他の病児保育を行っているドクターも熱意をもってされています。なので、事前にお話をした際に「空いてたらいつでも連れてきていいよ」と言っていただいています。
その他にも、ファミリーサポートセンターのサービスを利用し、サポーターの自宅で預かってもらうこともできます。
赤字でも、大分県で子育てに悩んでいる方たちのために
市町村が委託している他の病児保育施設より利用料が高く設定されているものの、きめ細やかなサービスを提供しているため施設は赤字なのだとか。
太田:そもそも病児保育で利益を出して運営して行こうとは思っていません。本業はバレエスタジオ「primaclasseBALLETSTUDIO」であり、他にも発達障害の子を対象とした訪問支援事業なども行っています。さくらいろ保育園は社会貢献のためにやっています。
出来る限り個室で、マンツーマンで子どもに寄り添う病児保育が世の中に増えて欲しいと思っています。その究極の形が保育園に病児保育が併設されることです。病児保育の基本は子どもに医療を提供するのではなく、保護者に代わって子どもを看病すること。
日頃から御世話になっている保育士さんが病気の時も見てくれると子どもはすごく安心しますよね。その安心が病気を早く治すのに一番必要なんです。
ただの風邪など、急変するリスクが低い病気は、保育園に預け、麻疹やロタウイルスなど、水分管理や急変するリスクが高い病気は病院に併設されている病児保育施設に預けるといったようにリスクに応じて保護者が預ける場所を使い分けられるようになってほしいと思っています。
今ある地域資源や公共サービスのポテンシャルを最大限に引き出すことが今求められていることだと感じています。
子育てに一番必要なことは安心です。安心できるからこそ、子育てを楽しむことができるのではないでしょうか。
いずれは病児保育がない社会にしたいと話す太田さん。太田さんが県庁に在籍中から大分県は「子育て満足度日本一」を掲げています。太田さんは退職した今も、県庁で頑張っている職員と同じ気持ちで「子育て満足度日本一」を達成するために活動しています。県民の声を県庁に届けるため、県庁の思いを県民に届けるために県庁のとなりにさくらいろ保育園を開設したそうです。
最後に
ライフスタイルの多様化が進む中で、子育ての環境は以前とは大きく変わっています。また核家族化により親にかかる孤独感や不安感は大きく、特に自分が育った環境から離れた場所で子育てをする場合はなおさらです。
太田さんは「頼るところもたくさんある。病児保育はもちろんですが、県や市町村が提供しているサービスや保育園選び、子育てに関する相談があればいつでも連絡してください。私たち夫婦も県外出身なので、移住された方の気持ちはよくわかります。大分は、保育の質も高い地域として全国的にも有名ですし、小さな子どもを育てる環境には適していると思いますよ」と説明します。
大分県に移住希望でまだ小さいお子さんを抱え子育てに不安がある方は、大分市を訪れ困ったときにさくらいろ保育園に相談してみてはいかがでしょうか?