大分移住手帖

山に魅了され、山を愛しすぎたがゆえに移住を決意。定住して発見した新しい山の魅力。

KOJI KOJI

大分県玖珠郡九重(ここのえ)町。大分県の南西部に位置しており、標高1700メートル級の名峰が連なる「くじゅう連山※1」の麓にあるこの町で「山」に魅せられ「山」を愛しすぎたがゆえに移住を決意した方がいます。

今回ご紹介するのは、福岡県から移住をして、地域おこし協力隊として九重町飯田(はんだ)エリアを担当する河野綾子さん。20代のときに山梨県にある八ヶ岳に登山した際に、山に咲く花がとても綺麗だと感じてからというもの、どんどん山にのめり込んでいったそうです。

 「やっぱりくじゅうの山は独特で美しい。移住して困っていることは特にありません」と語る河野さん。全国のいろいろな名峰を登山したのち、彼女がたどり着いた九重町の魅力とはいったい何だったのでしょうか。

たまたま登山した山で出会った花に魅了され、登山にのめり込んでいった。

福岡県出身の河野さん。山梨県、愛知県、北海道など全国各地を転々と移り住みながら福岡県へUターン。登山用具の販売店に勤務しながら、休日を使って年間70日は登山へと出かけたそう。職場でも業務の一環として登山ガイドにも携わるなか、次第に山とともに暮らしたいと考えるようになり、2019年9月に地域おこし協力隊として九重町へ移住しました。

「最初は山の麓に住みたいなと思っていたんです。他の県でもいくつか山の麓で生活した経験があったので、もう少し若かったらアルプスの方へ行ったかもしれないです(笑)。でも、私は九州生まれ九州育ちなので、九州の中で探したいなという思いはありました。阿蘇やくじゅうへドライブに行った記憶が残っているんだと思います。阿蘇やくじゅうは九州の中でも独特な美しさがあると思うんです。また来たいと思う人も多いと思います。」

そんな河野さんが山に出会ったのは、子どものころのキャンプ体験の時。当時は両親や友達と山の麓でのキャンプや登山をたまに楽しんでいました。しかし、20代のとき山梨県にある八ヶ岳に登山したことで山の魅力にさらにのめり込んでいきました。

「別に特別な装備をして登山したわけではないんです。たまたま山の麓に住んでいて、なんか山に登ってみようと思って登山したら、山と花がすごく美しかったんです。だから山というより、自然なんでしょうね。自然が好きだったから、きれいな花を見たかったから、山に登るという感じだと思います。」

課せられたミッションは地域の魅力発信。自分で仕事を作りながら九重町の魅力を伝える。

河野さんの地域おこし協力隊としての業務内容は山の情報をメインに地域の魅力を発信すること。依頼される業務だけでなく、地域の中で自分ができることを仕事として作っていく必要があります。ライターとしての経験も持つ河野さんは、山の魅力を発信することから業務をスタートさせました。活動を続ける中で、2021年大分県で開催予定である「山の日記念全国大会」のワーキンググループメンバーにも選ばれました。

「野焼き後に見ることができる真っ黒の景色、そして新緑、6月ごろに咲く『ミヤマツツジ(ミヤマキリシマ)』、紅葉、雪景色とか、その時期での山の様子、注意事項、登山道状況や注意したほうが良い情報などを発信しています。」

山の中へ入り常日頃から情報発信を行うことで、移住前は年間約70日だった登山も、いまでは年間130日ほどに増えており、登山者の中でも、河野さんの山の情報を見て楽しんでくれる人も少なくないそうです。河野さんが発信する情報は、登山者だけでなく九重町の中でも、地域の魅力を再発見する重要な情報源になりつつあります。

「山の魅力は、同じものを見ていても、毎日違う姿を見せてくれるところなんですよ。その変化を見るのがすごく楽しくて、そしてとても面白いんです。だからその魅力を伝えるために、山を3カ所から定点撮影してSNSで情報発信をしています。」

好きな山を登るだけではない。地域で山を守り、整備することまで関わると決めて参加した野焼き。

山好きが高じて登山ガイドをしたいと考えている河野さん。休日には「くじゅうネイチャーガイドクラブ」に所属する登山ガイドとして活動したり、地域行事でもある「野焼き(*2)」にも積極的に参加しているそうです。

「野焼き自体は春に行うんですが、その準備は9月から行われていて、野焼きの火が森林に燃え移らないようにする『輪地切り(わちぎり)』のあと『輪地焼き(わちやき)』をして防火帯を作るんです。9月ごろに、草原とか森林の境にある草がまだ緑のうちに6~10mぐらいの幅で草刈り機で刈って、その草を集めておくのが『輪地切り(わちぎり)』です。数日後にはその草が枯れるので、その枯れた草を焼いてしまって、そこから延焼しないようにするんです。これが『輪地焼き(わちやき)』で、防火帯の完成です。そしていよいよ春になる2月から3月頃、テレビでもよく見られる『野焼き』が実行され、春を迎えます。」

地域行事である野焼きに参加することを通して、河野さんの中で大好きな「山」への意識も変わり、発信する情報の内容にも変化があったようです。

「野焼きやそれに関する準備って、地域の中に入ってみないとなかなかわからないことですし、パッと見たらただ焼いているだけに見えますよね。でも、こうやって山の近くに住んでいることで、ガイドだけではなく、山のことを把握できたり、山をより身近に感じることができるんです。だから、私が出す情報で好きな山を登るだけでなく“山はみんなで守るもの”が登山者の方に伝わったらいいなと思っています。」

「移住して困っていることはほとんどない。」と断言できる理由

移住への準備をほとんどせずに、九重町に移住した河野さん。無謀にも思える移住ですが、そこには移住を決断する際の重要なポイントが隠れていました。

「“くじゅう連山が連なる九重町で登山ガイドをしたい”、“いつも山の変化を感じていたい”という思いが何より強かったです。なので、さほど準備もせずすぐに移住の決断ができました。九重町に移住して、いまのところ困っていることは特にありません。やっぱりくじゅう連山が好きなんですよね。だから飯田エリアに移住して良かったと思っています。」

移住先には、必ずしも多くの便利が揃っているわけではありません。移住を決断するには、「何を大切にするのか」。不便なことをどのように受け止め、自分自身が何を求めているのかをはっきりさせることが重要なのかもしれません。

「あっ! 移住して困っていることがありました! 私、福岡の海の近くで生まれ育ったんですけど、こっちだと魚より肉を食べますね。地元に帰ると、漁港が近く新鮮な魚がすぐ手に入り魚もやっぱり美味しいなと感じます。あとは…最近、ストーブが壊れたので家の中が寒いっていう。まぁこれは困りごとじゃないかな。ははは。」

最後に

「山」に魅せられ「山」を愛し「山」とともに暮らすことを決めた河野さん。地域おこし協力隊の任期は3年で、定住を目指し活動を行っていると語ってくれました。

何を求め、何を大事にして移住をするのか。地方都市へ移住するというのは、自分の人生を見つめて、価値観を定める。そんな機会になるのかもしれません。

 

*1 くじゅう連山
九重町から竹田市北部にかけて広がる火山群の総称。九州本土最高峰でもある中岳(1791m)は、日本百名山の一つに数えられ、一帯は阿蘇くじゅう国立公園に指定されている

*2 野焼き
かつて草原での牛の放牧が盛んだったころ、春先に枯れた草原を焼くことで、病害虫の発生を防ぐとともに、牛のエサである草の新芽の発育を促すために行われていた。現在では、環境の樹林化を防ぐ効果があり、良好な草原・湿原環境の保全という視点でも欠かせない活動

取材者情報

お名前
河野 綾子(かわの あやこ)
出身地・前住所
福岡県福岡市
現住所
大分県玖珠郡九重町
年齢
40代
職業
九重町飯田地域おこし協力隊
WRITER KOJI 記事を書いた人

KOJI

東京から大分県豊後大野市に移住。地域おこし協力隊として山奥のゲストハウス「LAMP豊後大野」の立ち上げに携わる。現在はオルタナティブスクール「ここのね自由な学校」の代表として学校運営を行いながら、タレントとして県内外のCMやかぼすタイムに出演している。

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