取材者情報
- お名前
- 西村 達也
- 出身地・前住所
- 佐賀県
- 現住所
- 別府市
- 年齢
- 32歳
- 職業
- 三菱商事太陽株式会社 ITソリューション第一チーム
大分県別府市は温泉観光地だけではなく、障がいがある人でも安心して暮らせる福祉のまちとして積極的に取り組んでいることでも有名であり、その中で大きな役割を担っているのが社会福祉法人太陽の家です。太陽の家は、障がいのある人の仕事や生活の場を支援し、7社の共同出資企業があります。
太陽の家とは
ここでは太陽の家とはどのような社会福祉法人なのか紹介します。
‘‘No Charity ,but a Chance!‘‘障がいのある人が働ける場所づくりを目指して
太陽の家は、1965年に別府市出身の整形外科医の故中村裕博士によって創設された障がいのある人の支援のための施設です。博士は、さまざまな分野の人と連携しながら障がいのある人の社会復帰を支援する中で、仕事を持ち自律することが最も必要であるという信念を持ち、「世に身心障がい者はあっても仕事に障がいはあり得ない」という理念を掲げ太陽の家を創設しました。
また、理念に共感した企業が共同出資会社として名乗りをあげ、現在以下の7つの企業で多くの障がいをもつ方が働いています。
- オムロン太陽株式会社
- ソニー・太陽株式会社
- ホンダ太陽株式会社
- 三菱商事太陽株式会社
- デンソー太陽株式会社
- オムロン京都太陽株式会社
- 富士通エフサス太陽株式会社
敷地内には他にも、株式会社大分銀行太陽の家支店、株式会社HEXEL Worksの作業所、有限会社大分タキ、株式会社エー・ディー・イー等もあります。太陽の家が運営するスーパーマーケットサンストアは近隣の多くの方々が利用しています。
生活から就労までトータルな支援
太陽の家では、障がいのため、一般の事業所に雇用されることが困難な方に、就労の場を提供する就労継続事業を行っており、作業訓練や社会参加を促すことでいずれ一般企業や共同出資会社への就職を目指す人もいます。その他にも、生活支援のための入所施設や福祉ホーム、就労から生活まで困ったこと全てを相談できる支援センターもあります。また、太陽ミュージアムやスポーツセンター、コミュニティセンター等を通じて地域交流も盛んです。
三菱商事太陽株式会社とは
太陽の家との共同出資会社の一つである三菱商事太陽株式会社で社員の就労支援を行うワークサポート室の渡邉さんと、開発部で働く西村さんにお話を伺いました。三菱商事太陽の取り組みや、県外から就職される方へのフォロー体制、そして実際に就労のため佐賀県から別府市に移住された西村さんの仕事のこと、別府市での生活を紹介します。
共に個性を理解し能力を評価することで価値の高いサービスを
佐藤(ライター):三菱商事太陽株式会社の主な事業内容を教えてください。
渡邉:弊社は、三菱商事株式会社の特例子会社として1983年に設立されたIT企業です。親会社の人事系システムやアプリの開発・維持において同社グループ企業随一のノウハウを持ち、基幹システム移行や人事システムの機能改善などにおいて、これまで実績を積んできました。
2018年には就労意欲とITスキルを持つ障がいのある人に無償でe-learning教材を提供する「在宅SE養成プロジェクト」を開始し、13名の雇用に繋げました。地方には障がいをオープンにして働くことができるシステム開発会社が極めて少ないです。そんな中、高いスキルを持ちながらも希望する職種への就職のチャンスが得られなかった障がいのある人を雇用に繋げたことで非常に注目され、令和2年「テレワーク推進企業等厚生労働大臣表彰(輝くテレワーク賞)」を受賞しました。
佐藤:採用する上でどのような人材を求めていますか?
渡邉:会社のあり方に共感できる方かどうかという点を重視しています。障がいのある人は評価ベースが別枠という会社も多くありますが、弊社は共生企業として、障がいのある人もない人も評価基準は同じであり、障がいを理由に妥協はしません。障がいのない社員にもその点を理解できる方を採用しており、できないところをお互いで補うことを大切にし、仕事の質も高いものを提供できるよう努力を重ねています。
三菱商事太陽は誰もが普通に暮らせる社会実現のための「共生企業」として、障がいの有無に関係なく共に助け合い、社員それぞれの能力を最大限に活かすことを大切にしています。そのための配慮や環境作りがあるからこそ、会社として高いパフォーマンスを維持しています。採用に関して、チャレンジ精神や発信力、障がいを受容し周囲にオープンにできる方かどうかという点も重視しているそうです。
個々の働きやすい環境を共に模索する
佐藤:勤務形態はどのように調整されていますか?
渡邉:正社員は基本フルタイムですが、契約社員は障がいの特性や事情によってフレキシブルに対応しています。例えば、午前中にヘルパーが入るため午後のみ在宅勤務をしている社員や、週3日透析が必要な為その日は15時からの勤務という社員もいます。また薬の影響により午前中勤務が難しいため午後からの勤務としている社員もいます。
西村:フルタイム勤務でも実際に働いてみて、フルタイムで働けない場合は時間を変えたり、短くすることもあります。「働けないからごめんなさい」ではなく、働ける勤務形態を探していきます。
佐藤:就労後のフォロー体制や、コミュニケーションを取るためにどのようなことに取り組まれていますか?
渡邊:定期的に面談を行っています。社員の就労支援を行うワークサポート室(別府本社)には室長を含めて3名いるので、特に不調に陥った社員に関してスポット的に面談を行ったり、業務上の悩みを抱えた社員に対しては西村のような現場の担当者と連携し3人で面談をすることもあります。
また、障がいの個々の特性を会社がしっかり把握し、日々コミュニケーションを行っています。発信力のない社員に関しては、体調管理の記録に自分の気になることを書いてもらうなど試行錯誤を重ねています。
西村:コミュニケーションを取る上で、仕事の話だけをしないように心掛けています。例えばテレワークの社員の場合は、開始10分前につないで雑談をします。在宅は一人の仕事のため社員との壁を感じやすいということがあるため、雑談をしてコミュニケーションの時間を大切にしています。
現在は全社員119名の内、週30時間以上の勤務の社員が100名、その他の19名は週30時間未満で勤務されているそうです。
佐藤:県外から就労のために移住される方へはどのような支援がありますか?
渡邉:相談支援事業所や障がいのある方の支援機関への登録支援を行い、移住後の生活全般をサポートする環境を整えます。それらの機関とは就職後も継続的な連携体制をとっています。また社宅もあるので空きがあれば紹介することもできます。
佐藤:障がいのある方にとって転院は大きな決断になると思いますが、転院支援について詳しく教えてください。
渡邉:太陽の家に障がいのある人の生活支援を行う機関があり、県外から移住する障がいのある人についてはそこに登録することで様々な支援を受けることができます。医療機関との主な連携はそちらで行いますが、普段の仕事中の様子に変化があった際は、私たちも通院に同行することがあります。
転院に関しては、長年診ていただいている主治医を変えることになるので、積極的な転院支援は行わず情報提供を行いあとは本人に選択していただきます。実際に主治医を変えずに、2、3ヵ月に一度通院をしている社員も多くいます。
社員の皆さんが障がいに対して知識と理解があり、できないことを諦めるのではなくどうすれば継続していけるのかを共に考え、全社一丸となって支援しています。特に障がいのある方にとって、仕事環境、日常生活、医療は切り離せません。そんな中各事業所が連携し継続的な支援を行う三菱商事太陽株式会社は、単身移住してきた方にとって家族のような存在でもあると感じました。
実際に就労している障がい者の方のお話をお聞きしました
開発部で働く西村達也さんは、佐賀県出身であり、三菱商事太陽へ就職のため別府市に移住してきました。西村さんに三菱商事太陽で働くようになったきっかけから、普段の生活の様子を伺いました。
開発部のITソリューション第一チームとして働く
佐藤:現在の主な仕事内容と、どのような時に仕事のやりがいを感じるか教えてください。
西村:主にプログラマーとして、アプリケーションの設計や開発、維持管理を行っています。開発もモノ作りの一種なので、自らクライアントに提案した機能を受けてもらい、自分が納得するものを作ることができたうえで、クライアントから満足したと感謝の言葉を頂戴したときにやりがいを感じます。
その他、ローコード開発(※1)にも取り組んでいるそうです。ローコード開発を行うことでプログラマーの工程を削減し開発にかかる時間やコストを軽減し開発生産性を上げることで、顧客に最適な提案を行うことができるよう力を入れています。技術的ハードルも下がるため、従来必要だったプログラムの知識が乏しくてもシステムの開発が行えます。プログラム未経験の方でも受け入れることができるように取り組んでいます。
※1ローコード開発:ソースコードを書かない、もしくは最小限のソースコードでソフトウェアの開発を行う手法や支援ツールのこと
WEB開発関連部署に希望を出すも通らず
佐藤:三菱商事太陽で働くようになったきっかけを教えてください。
西村:熊本の大学を卒業し、就職のために佐賀県に戻りました。障がい者枠で就職し、プログラム開発の部署を希望していましたが、希望は通らず雑務しかさせてもらえませんでした。そんな時に、障がいを負った時から長年支援してくださった佐賀医大の松尾准教授から、この会社を紹介されました。実際に見学した際に、障がいを持った人が多く働いていることや、特に当時の社長が車いすに乗っており、障がいを持っていても社長になれるという姿を見たことがこちらでお世話になりたいと思ったきっかけです。
別府市に移住するまで、生活リズムの聞き取りから支援してくれた
佐藤:三菱商事太陽で就職を決めてから、実際に移住するまでどのような支援をしてもらいましたか?
西村:大学が熊本県だったので、他県での一人暮らしは慣れていることもあり不安はあまりありませんでした。一人暮らしをするには介護が必要になるので、まずは生活リズムの聞き取りをしてもらい、必要な事業所の紹介をしてくれました。現在は5ヵ所のヘルパー事業所に入ってもらい、自分の希望する生活スタイルを送ることができています。
一見さぼっていると思われるような仕事中の変化に、まず「大丈夫?」と声をかけてくれる
西村:三菱商事太陽で働いて良かったと思うことの一つに、他の障がいを知ることができるということがあります。実は以前から昼間の眠気が強く居眠りをしてしまうことがありました。仕事中にも意識が途切れてしまったところ、「大丈夫?」と声をかけてもらったんです。普通の会社であれば、居眠りをしていたら怒られると思うんですが、ここでは仕事中の変化にまず体調を心配してくれます。
私も、昼間の眠気を相談したところ受診をすすめられ、検査の結果睡眠時無呼吸症候群ということが分かりました。今は寝るときにCPAPをつけ、昼間の居眠りもなくなり集中力が増しました。きっとここで受診を勧められなかったら気づくこともなかったと思います。
身体や精神など障がいの種類によって症状も異なります。また内服薬の副作用など悩みは多岐にわたり、そしてその悩みは周囲からの理解を得にくいということが、障がいのある方の社会進出を困難にしている原因の一つと感じました。
別府市はどこでもバリアフリーな環境が整っている
佐藤:別府市での生活はいかがですか?休日はどのように過ごしていますか?
西村:他県だと障がい者用トイレは、普段見えない場所に設置されていて、探し回ってやっと見つかることが多いのですが、別府市では障がい者用トイレも多く、商店街でもすぐ見つけることができます。また別府市は車イスでも気軽に入れる飲み屋が多く、会社の皆と飲み歩きをしています。車イスで飲食ができるお店は店頭に張り紙がしてあったり、段差にスロープがついていたり、そうでない場所でも店員さんが手を貸してくれます。
またタクシーも利用しやすいです。車イスに対応しているタクシーは事前に予約が必要な場合が多くて、特に夜は急に呼んでも来てはくれません。その点別府市では夜急に呼んでも対応してくれるので、飲みに出やすくなりました。
別府市以外では電車に乗って映画を観に大分市のアミュプラザおおいたに行くこともあります。車イスのまま映画を観ることができるシートがあり、他の車イスの方も映画館で姿を見かけます。でも他県にいるときは、車イスに乗っている人自体を見かけることが少ないというか、あまり外出するイメージがありませんでした。大分県では、普通に街中でも車イスの方をよく見かけるので、車イスでも外出しやすい環境ですね。
最後に
西村さんと同じように障がいを持ちながらも移住を考えている方に向けて、メッセージをいただきました。
西村:「納税者になるのだ!」という強い気持ちがあれば道は拓けるかと思います。納税者という立場になることで、周囲に遠慮することなく前向きになり外に出やすくなります。大分県は障がい者の自立支援に手厚く、とても頼りになります。
障がいがあると周りに迷惑をかけないよう自宅にこもりがちになる方も多いと聞きます。障がいに隠れず胸を張って生きていく、西村さんの言葉にはそのような強い想いを感じました。
別府市をはじめ大分県は福祉に手厚い施策を実施し、移住者の受け入れも積極的に行っています。移住をお考えの方はぜひ一度大分県を訪れ、街の雰囲気を感じてみてはいかがでしょうか。