取材者情報
- お名前
- 石井淳也
- 出身地・前住所
- 出身地:北海道松前町
前住所:東京都練馬区
- 現住所
- 大分県佐伯市
- 年齢
- 32歳
- 家族構成
- 夫妻
- 職業
- 牡蠣養殖漁師
移住する際に、今までとは違う業種にチャレンジしたいと考える方もいますよね。今回は大分県の漁業に注目しました。東京で美容師をしていたものの、佐伯市に移住し、牡蠣養殖を始めた石井さんにお話をお聞きしました。
漁業に就業するには?
漁業に就業するには、大きく分けて独立型と雇用型の2パターンがあります。
独立型の場合、まずは「漁師.jp」のようなウェブサイトの閲覧、大分県漁協・大分県水産振興課への問い合わせや、都道府県・市町村の移住相談会などへ参加し、独立型漁業者を募集している地域の情報を入手するとよいでしょう。続いて、漁業就業支援フェアへ参加し、自分が漁師になりたい地区の漁協と面談を行います。その後、漁業体験や、指導者となる漁業者の元で研修を受け、漁協の組合員になり独立する流れです。
雇用型の場合、独立型と同じくまずは情報収集を行い、企業へ相談します。漁業体験や研修を受けた後、企業の面接を受け、合格すれば採用される流れです。
大分県では補助や研修サポートもあり
漁業者として独立し、収入が安定するまでには数年かかるのが一般的なようです。必要な費用は、漁種や地域などによって様々ですが、研修期間中及び独立後収入が安定するまでの生活費、漁船購入費用が必要になります。大分県では、新規漁業就業者に対する研修制度や給付金などを準備しています。2021年12月現在、市町村によって、研修にかかる費用や、交通費の助成、漁船及び必要機材等取得費補助や、生活安定資金の交付などを行っているところもあります。ぜひ県や市町村のサポートを活用しましょう。
美容師から漁業者へ転身:石井淳也さん
東京から佐伯市に移住し、美容師から牡蠣養殖業へ転身した石井さんが牡蠣養殖業を始めた経緯や、どのようにして事業を軌道に乗せたのかお話を伺いました。
田舎で自分のペースで仕事がしたくて移住
北海道出身の石井さんは、現在の奥様と東京で暮らしていました。石井さんは東京で美容師として働いていたのですが、田舎で暮らしたいと思うようになったそうです。そこで候補に挙がったのが自身の地元である北海道と、奥様の地元である大分県でした。寒いところよりも暖かいところで生活したいという気持ちもあり、大分県への移住を決めたとのことです。
石井:美容師ではなく、1人でじっくり1つのことに向き合えるような職業に就きたいと思っていて「農業をしたらどうか」と奥さんの家族に勧められたのですが、虫が苦手で諦めました(笑)。そこで「漁師はどうか」となり、大分県の中で漁業が盛んなところを探したら佐伯市にたどりつきました。中でも鶴見という漁師町が僕の故郷と景観がそっくりだったので、ここに決めました。
見習いの頃から自らやり方を改善していく。
鶴見の水産振興を目的にした地域おこし協力隊の募集を知り、応募した石井さん。赴任が決まり、早速牡蠣養殖業に従事したそうです。大入島で行われている牡蠣養殖は日本で主流の“カルチ式”という方法を採用していました。しかし、カルチ式は収入に対する作業量等が見合っていないと石井さんは感じていたそうです。
石井:いろいろ勉強してみたら、牡蠣をカゴに入れて1個ずつバラバラで養殖するオーストラリアの“シングルシード養殖”という手法を知って「これで養殖してみたい」と思ったんです。
そこで、赴任して半年が経った頃に漁協に相談に行き、風向きや波の当たり方を踏まえて1区画お借りしてその方法で試してみたんです。
ロープ1本に120個のバスケットを付け、そこで約1万個の牡蠣を養殖できたのだとか。オーストラリアは干潟で行う仕様のものだったので、浮きをつけて海面でできるように改良して行ったのだとか。
石井:卸価格で120円/個で売ることができたので、ロープ1本で100万円程度の売り上げになりました。また、従来のやり方だと出荷までに1年半から2年かかるところが、この製法だと7ヶ月程度で出荷できることがわかりました。佐伯の海は牡蠣にとって水温や栄養分がちょうど良いのもあり、効果があったんです。
ネット販売を導入して上手くいった1年目
石井さんが採用したシングルシード養殖で作られる牡蠣は、欧米で好まれる小ぶりなタイプ。佐伯市では大きく食べ応えのある牡蠣が主に流通していたので、周辺市場での反応はいまいちだったそう。
石井:東京に出荷すれば高単価で取引されますが、この辺では80円くらいになってしまうので、1パック1kg単位でネット販売を始めることにしました。すると、1年目からどんどん注文が入って、2年目には一か月で700件もの注文が入ったんです。大きな広告を出したわけでもなく、食べた方が口コミで広げてくれたおかげで、あっという間にECサイトで月間売上1位になっていました。他には無いサイズと味で売れたみたいです。
1人で養殖を行いながら、出荷作業まで行う中で、近隣で販売すると配達などに時間もかかることから、思い切って通販だけで販売を開始し、配送は宅急便会社を頼ると振り切ったことで、自身の作業量も無理なくできたそうです。
ロープ1本100万円の投資で、年間400万円ほどの売上となるそうで、他の養殖と違い餌も必要なく、船の燃料もそこまでかからないため、参入しやすかったのも成功の要因だったそうです。ご夫婦で問題なく暮らしていける程度の生活費は稼げているそうです。
苦労した2年目
2年目にして、ECサイトで月間売上1位となるなど、順風満帆に見えた石井さんの事業でしたが、徐々にかげりが見えだしたそう。タネを天然物にしたら成長が遅かったり、波が少し強い場所に置くと調整が上手くいかなかったり苦労したとのこと。また、周りの同業者さんとの関係性でも悩んだとか。
石井:なかなか落ち込まない性格なのですが、周りの同業者さんと想いが違うところがあってすれ違いの日々が苦しかったですね。売上も下がっていくし、協力隊の期間はまだお給料があるから暮らしていけるけど、それ以降どうなっていくだろうと不安もありました。1年目の売上は収入にせず、機材への投資に使っていました。
規模を拡大できた3年目
お先真っ暗だと思った頃、助けてくれたのが今お世話になっている塩月漁業株式会社の社長でした。石井さんのやり方と、今後やろうとしている新たな製法に目をつけ、事業を任せてくれました。
石井:今までの養殖方法は朝牡蠣を回収し、6-8時間後に戻しに行くという作業が必要で、この作業だけでかなりの時間を使っていたのですが、ニュージーランド製の養殖資材を導入すれば、10分の1程度の作業量で終わることがわかりました。ただ、設備導入だけで莫大な資金がかかるとわかり途方にくれていたところ、塩月漁業株式会社の社長が投資してくださり、牡蠣部門の事業を任せてくれています。現在2名体制で行っていて、販路も拡大しています。
漁業者としての1日
参入障壁が比較的低く、売上も出しやすい牡蠣養殖。プライベートの時間も作りやすいそうです。そんな石井さんの1日を教えてもらいました。
石井:朝7:00に牡蠣の天日干し作業をし、夕方頃に干していた牡蠣を海に戻す作業を2日に1回行っています。牡蠣のサイズなどを見ながら、2週間に1回程度のペースで選別作業をします。この作業に1週間ほどかかったりしますね。3倍体といって、1年中出荷が可能な品種なのでいつでも出荷できます。その出荷作業が合間に入ってきます。牡蠣は殺菌のために水揚げ後24時間以上、紫外線殺菌水に漬けてから出荷します。空いている時間には伝票整理やECサイトの整理、SNSの更新などを行っています。
自分の時間を上手く使い、好きなこともできているそうです。また、力仕事もそこまで無いので、女性も参入しやすいと話します。
若手に教えていきたい
現在の体制だと、漁協と市町村に相談しないと漁業就業は難しいと語る石井さん。地域には漁業者が多く、コミュニケーションを上手く取ることが大事だと言います。今後は若手を積極的に受け入れていきたいと考えているのだとか。
石井:漁業者の募集をかけても、届けたい層に届いていないと感じます。若者の情報感度は低くないのですが、一定のコミュニティ内で募集をかけているので、広がりがないですね。僕自身も新参者で、技術習得などを含めなかなか苦労しました。漁獲量も年々減少している中で、漁業者として生きていくには工夫が必要です。牡蠣養殖はその中でも始めやすいし、生活も成り立たせやすいので、教えてほしいという若手がいたら、どんどん教えたいなと思っています。
漁業者に向いているのは礼儀をわきまえている人
石井さんに、どのような方がこの仕事に向いているのかお聞きしました。
石井:スポーツなどを過去していて、礼儀の大切さや失敗したらそこで終わりではなく、自分なりに試行錯誤をして次をよくしていこうと頑張ってきたような人には向いていると思います。自分を持っていることも大事です。どの人にも良い顔をする八方美人は逆に苦労すると思います。世渡り上手よりも、不器用くらいの方が合ってるかもしれません。
最後に
今回は美容師から牡蠣の養殖業に転身した石井さんから、大分県で漁業に従事するには?というテーマでお話をお聞きしました。漁業者は減少傾向にあり、担い手不足が課題とされています。それは、逆を返せば参入チャンスがあるということ。石井さんは、今後オイスターバーを経営したいと考えているそうで、自分らしいスタイルを確立し差別化を図っていくとのこと。漁業に興味を持たれた方は、県・各市町村の水産振興に関する窓口に問い合わせてみてください。