大分移住手帖

ふらり流れ着いた耶馬溪で二人らしい田舎暮らしを模索する日々。

Tomomi Imai

取材者情報

お名前
今出 光俊(いまでみつとし)
出身地・前住所
出身地:徳島県鳴門市 
前住所:福岡県北九州市
現住所
中津市本耶馬溪町
年齢
40歳
家族構成
2人1猫
職業
コーヒー・茶製造
Facebook
https://www.facebook.com/hakkoubancha
Instagram
https://www.instagram.com/sumibicoffee/

大学卒業後、就職するもその忙しさに違和感を感じている中で、「スローライフ」という言葉に導かれた今出さん。徳島県上勝市での田舎暮らしを経験しながらも、ご縁や流れに身を任せているうちに、気づけば今は耶馬溪にてご夫婦で暮らしています。そんな今出さんに耶馬溪移住に至るまでの経緯と、今のなりわいと暮らしについてお聞きしました。

スローライフをちょっと学びに行った上勝町に気づけば4年も。

徳島県鳴門市出身の今出さんは、兵庫県にある姫路工業大学の環境人間学部に入学し4年間広く環境のことを学んだ後、バイクが趣味だったこともあり全国にある大手のバイク屋に就職。最初の赴任先は青森でしたが、そこでの仕事が結構忙しかったそうで、転職を考えていた頃にNGO法人「ナマケモノ倶楽部」の代表・辻伸一さんの「スローライフ*」という考え方に出会ったそうです。生き方を変えるために会社を辞め、徳島県上勝町*へ学びを求めてふらりと立ち寄ったところ、気づけば4年もいたそうです。

「特に興味があったのはゼロウェイスト*です。役場も一緒になって町全体でゴミ削減に取り組んでいる地域で、そのNPOが立ち上がるタイミングだということで見に行ったんです。NPO設立を牽引している役場の方に会うことができて、伺った1ヶ月後には役場の手伝いをすることになり、気づけば役場の臨時職員として働くようになっていました。ちょっと学びに行くつもりが、結局4年ほど暮らしました。ここで暮らしている中で、お茶作りを手伝わせてもらい、お茶の栽培や加工の仕方などを学べました。」

オーガニックコーヒー問屋の老舗に転職するも忙しく、田舎暮らしへ戻りたくなる。

上勝町での学びを経て、ご縁が繋がり、当時オーガニックコーヒーの問屋として既に30年ほどの実績があった福岡県遠賀郡水巻町に拠点があるウィンドファームへ転職した今出さん。豆の輸入卸と焙煎を学びながら、7年ほど福岡で暮らし、その間に同じ会社に勤めていた現在の奥様と出会いました。奥様は福岡生まれ福岡育ち。以前はパティシエとしてお菓子屋さんに勤めてたそうで、特に田舎で暮らしたいとも思っていなかったそうです。今出さんはここに来てもまたもや仕事が忙しくなり、ペースダウンを考えつつ、上勝町へ戻ろうかとも思っていたそうです。

先輩移住者が教えてくれた耶馬溪という地と「下郷映画祭」

そんな矢先、1年先に耶馬溪へ移住していた方が耶馬溪の良さと「下郷映画祭*」のボランティア募集があることを教えてくれたそうです。耶馬溪の中でも下郷地区は、オーガニック(有機)、サスティナブル(持続可能)といった言葉が一般的になるずっと前の昭和40年代から、有機無農薬にこだわった農業を展開している地域です。「ボランティアで参加して映画が1本でも見れればいいかな」という気楽な気持ちで夫婦で参加したところ、一緒に開催されていたオーガニックマーケットに惹かれ、そこで出会った方々の雰囲気から「なんだか良さそうなところだな」という印象を持ったそうです。

2人での田舎暮らしを作るために役割分担

その後も数回訪れる中で、地域おこし協力隊の募集があることも知った今出さんご夫婦。とはいえ、ご自身は行政職員を過去に経験していたり、仕事に少し疲れていた時期でもあったので、奥様が協力隊へ応募することに。当時、耶馬溪の観光関係の部署での募集があり、そちらへ見事採用されました。夫婦で暮らす家も見つけてくれるとのことで、「ちょっと田舎暮らしをしてみようか」ということで移住することにしたそうです。

今出さんは田舎暮らしの経験者ですが、奥様にとっては初めての経験。田舎に入る時のコツを知っている今出さんは、「2人が仕事に出ると“田舎暮らし”がしにくい」と考え、まずは自分が家の片付けなど含め暮らしの整理整頓を担当することにしました。奥様が協力隊だと、町からの情報は入ってくるし、家に1人いれば「出ごと」などにも出れる。そうして2016年1月に耶馬溪へ引っ越し、「二人の田舎暮らし」がスタートしたのでした。

隣人が炭火焼をしていたのもあり、炭火コーヒー焙煎を始める。

今出さんのコーヒー

 

以前勤務していたウインドファームは「森を守る」というコンセプトを打ち出していたそうで、炭でコーヒー豆を焙煎することで日本の森に通じ、環境を環境問題にも関われるような企画案を出したことがあった今出さん。しかし、先の会社ではその企画はお蔵入りになっていたそうです。

家を片付けながら耶馬溪特有の寒い冬を越していく中で、実は隣の家の方がたまたま木炭を作っていることが判明。その方に炭火焼きコーヒーの企画案を少しお話ししてみたら、「この炭で焙煎して売ったらいいよ」と炭を提供してくださった上に、耶馬溪の直売所である旬菜館に話をつなげてくれたそうです。こうして「スミビ珈琲」が誕生しました。

「話が早すぎてびっくりしましたが、1ヶ月ほど準備をして、来た年の5月頃には旬菜館に炭火焼コーヒーを並べることができたんです。」

借りたお茶畑で晩茶作りをスタート。

今出さんのお茶畑にて

 

スミビ珈琲を作っていると、今出さんより3年ほど早く移住してきた先輩移住者の方から「うちの隣にお茶畑があるけど、持ち主に話してみようか?」と言ってくれたそうです。

20年ほど前、耶馬溪茶はとても流行っていました。しかし、ここ10年ほどで下火になってきていて、当時は製茶工場がちゃんと稼働していて茶葉を持ち込むことができたそうですが、今はそんな工場がとても少なくなってしまったといいます。

「緑茶業界は今結構どこも大変です。日本ではどんどん緑茶を飲まなくなりつつあって、静岡のような大規模産地はどうにか残っているけど、小規模産地が今壊滅的に落ち込んでいるんです。耶馬溪もその1つ。お茶は工程も多いから大変なのかもしれません。だけど、元々産地だからこそ、この地域にはお茶畑が結構あって、ほとんどが持て余しているような状態だったようです。」

紹介してもらえた畑は当時でもまだ管理されており、茶葉の加工をお願いできる工場も近くにあるようでしたが、そもそも持ち主が高齢で摘むのが難しくなってきていたために貸してくれることになったそうです。初年度は地域おこし協力隊の方々に全面バックアップしてもらって畑づくりを頑張った今出さん。上勝町時代に学んだ「上勝晩茶」は全部手摘みで、7月になったら葉っぱを全部取るというこの方法を採用しました。初回は10kgほどでき、テレビに取り上げてもらえたこともあり、人生で初めて作ったお茶は完成後1ヶ月で売り切れたそうです。

今出さんが作る「発酵晩茶」

 

鍋で茹でて、揉んで、桶に入れて重石をして発酵させてから干すという工程で作られる今出さんの「発酵晩茶」。緑茶は機械化が進み、1日で一気に荒茶*まで進めることができますが、晩茶は揉むところ以外はそこまで機械化が進んでいないそうです。借りた畑に元々あったお茶の木を生かして作られました。お茶の木は本来低い木ではなく、大きいものでは3m-4mにもなります。お茶の木が低いのは、機械で上の部分だけ穫るためでもあり、今出さんの手法だと上だけとは限らないので、基本的に木が大きくても問題ないそうです。

「むしろ『木を大きくしてやろう!』と思ったので伸ばしてみたら、自分の背丈よりも高くなって3mくらいになっているものもありますね。」

今出さんのお茶畑はどこか自然体な育ち方をしていて雑木林のよう

お茶をやり始めたことを知った集落の方が、「あそこに茶畑があるけど貸してもらえるように話をしてみようか?」と別の畑も紹介してくれたそうですが、この畑は完全に藪になってしまっていて、茅やカズラに巻かれていたのを開拓するところから始めたそうです。貸す方も「こんなところでする?」と言うくらい放置されている状態だったのですが、せっかく住んでいる集落の中の茶畑だし、これを畑に戻すのは面白いなと思い、借りることにしたそうです。こうして、今出さんのなりわいは、ご縁に身を任せていく中で培われていきました。

完全に藪になっていた畑の前の姿

単なる産直ではなく、“地場産”ということを大切にしたい。

当初は産直市場などに珈琲やお茶を出していましたが、ただこの町で焙煎しているコーヒーということでなく、“地域のものを使ったコーヒー”として、炭のように地産のエネルギーを使ってやっていきたいと感じている今出さん。各地で行われている同じような価値観を持った方々と行うマルシェなどにも積極的に参加し、実践の中で試行錯誤をしながら自分らしい“なりわい”にしていきたいと話してくださいました。

自宅の焙煎所

寒さが厳しくて別の集落へ移動。

上勝町での経験もあって、移住先への入り方はわきまえていたという今出さん。引っ越した当初、今出さんが家にいたので、集落の出ごとには順調に出れたそうで、移住に際してそこまで苦労はなかったそう。

今出さんご夫婦が最初に移住したのは、耶馬溪の中でも割と人数が多く30軒ほどの集落とのこと。集落自体は暮らしやすかったそうですが、耶馬溪地域は冬が特に寒いのでも有名で、古民家の隙間風などもあり、奥様が寒さに耐えられず、引っ越すことになったそうです。

「ファンヒーターの電源を押すと、現在の部屋の温度は0度と出るけど、それ以下が掲示されないだけで、実際はマイナスだったりすることも。今は少し新しい集落にいて、位置的には寒さも少しだけ和らぎ、出ごとも前に比べたらだいぶ少なくなりましたね。」

お互いのスキルと経験を活かせる暮らし方へ。

現在、奥様は協力隊卒業後、道の駅耶馬トピア内にある「道カフェ 余菓の日」を運営していて、今出さんはお茶栽培と加工、コーヒーの焙煎とイベント出店、時々電気工事の仕事をしながら暮らしています。今出さんのコーヒーは道カフェにも卸されているので、そちらで奥様特製のケーキと共に楽しむことができます。紅葉の時期は渋滞が起きるほど人気なので、ゆっくりお話しされたい方はぜひ立ち寄ってみてください。

奥様特製のチーズケーキと今出さんのコーヒー

 

現在はパッケージもデザインも物撮りも自分でやっている今出さん。それもあって初期投資はそれほど大きくはなかったようで、スタートが切りやすかったそうです。お茶もコーヒーも少しずつ知名度が上がってきたので、そろそろ新しい屋号を掲げて次のステップに進みたいと話てくれました。

最後に

上勝町と水巻町で学んだ経験を生かしながらも、お二人らしい田舎暮らしを模索している今出さん。その地として選んだ小規模な集落で構成された自然の恵が豊かな耶馬溪地域で、お互いのスキルや経験を生かしながら、役割分担をしつつ各々らしいフィールドを少しずつ開拓し、居場所を作っているのだなと感じました。何か目的を持って移住するのもいいけれど、今出さんのように川の流れに身を任せ、たどり着いたところで心地よく芽吹くような暮らし方は、まさにスローライフスタイルだなと感じました。今後二人の田舎暮らしがどう熟していくかが楽しみです。

 

*ゼロ・ウェイスト
無駄・ごみ・浪費 をなくすという意味。出てきた廃棄物をどう処理するかではなく、そもそもごみを生み出さないようにしようという考え方。

 

*スローライフ
「人生をゆったりと楽しもう」という考え方。地方に根付くゆったりした生活を肯定し、会社においても有給休暇の完全消化、「残業ゼロ」によって生活にゆとりを持たせようという姿勢をもつ。

参考:コトバンク(一部抜粋)

 

*徳島・上勝町
スローライフを町として推進していて、日本でも初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」をした町。800世帯ほどが暮らすこの町では、町のリサイクル率は2018年の段階で81%。もはやゴミが出ない町になりつつあり、ゴミステーションが地域の交流の場であるなど、スローライフを考える上での先駆的な町とされている。

 

下郷映画祭
大分県中津市・下郷で開催される映画と食のイベント。

 

*荒茶
茶畑でとれたままのお茶のこと。

 

*物撮り
物を撮影すること

 

PHOTO

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FACILITIE

耶馬溪を眺めながら美味しいコーヒーが飲める場所。

地元の木炭を使って焙煎した自然エネルギー珈琲と、手作りデザートのカフェです。ゆったりとしたお席で静かな時間をお過ごしいただけます。

[営業日]
金 10:00-17:00
土 11:00-18:00
日 11:00-18:00

yokanohi.bake@gmail.com

道カフェ 余菓の日

大分県中津市本耶馬溪町曽木2193-1

ふらり流れ着いた耶馬溪で二人らしい田舎暮らしを模索する日々。
WRITER 記事を書いた人

Tomomi Imai

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25歳でフリーランスとして独立し、多様な分野にてプロデュースやディレクター業を経験。モノコトヒトをつなぐひと。多様な伴走を得意とする。絶賛子育て中。ヨガ・サーフィン・音楽・映画・コーヒー・日曜大工が趣味。

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