大分移住手帖

今自分たちに必要な環境を求めてつながった場所。「ようちえんに行きたい」という息子の声から見つけた、家族が対話できる日田というフィールドでの新たな暮らし。

Yufuko

鹿児島県出身の定榮さんご一家は、ガラス作家であるご主人の政隆さんがどこでも仕事ができるため、出産・育児を機に一度沖永良部島へ移住したが、子育ての時間を経るなかで、必要とする環境に変化があり、再度移住先を探す中で日田と出会ったそう。夫婦それぞれが自分自身・パートナーと真摯に向き合うなかで見つけた日田という新たなフィールド。日々対話する姿勢を大切にするご夫婦にお話を伺った。

ご主人:定榮政隆さん(以下、政隆さん)
奥様:定榮沙起さん(以下、沙起さん)

海のあるところでゆっくり子育てをしたくて選んだ最初の移住先は、鹿児島県沖永良部島。ある日子供の『幼稚園に行ってみたい』の一言を期に再度移住先を探す中で日田に出会う。

政隆さんの出身は日置市。沙起さんは鹿児島市出身。日田に来る前までは海のあるところで、ゆっくり子育てがしたいと思い最初は沖永良部島に居住した。保育園や幼稚園には入れず、ガラス作家をしながら自宅で育児をする日々の中で、小学校はどこか通わせたいと思い調べていたそう。その中でまず見つけたのは高知県。当時、高知県にある面白い取組みをしている小学校に興味を持ち、今年3月までは高知に行く気満々だったそう。ただ、コロナの影響で休校要請などもあり、タイミングではなかったのかもしれないと思い一度は再移住を見送ったが、幼稚園に行きたがっている息子の声を聞き再度探す中で日田にであったそうだ。

政隆さん:去年あたりから長男がぽつぽつと『僕、幼稚園に行ってみたい』ということを言い出していて、最初は一過性のものかなと様子をみていたのですが、その後も何度か口に出したので、『これは聞かなくちゃいけないな』と思ったんです。そこからいろいろと幼稚園を探していたら、妻がインスタで日田の森のようちえんおひさまのはら*を見つけたんです。そこの写真に映っている子どもたちはとてもいい顔をしてるねと話し、ここに行ってみたいと思いました。

下見には政隆さんが一人で行ったそうで、日田市で移住定住促進事業をしているリエラの繋ぎもあり、2カ月足らずでコロナの最中だったが話はスムーズに進み、5月の連休明けには引っ越してこれることになった。今ご一家が住んでいるお家もリエラのスタッフさんが紹介してくれた場所だ。

幼稚園探しをきっかけに日田への移住を決めた一家だが、以前からサドベリースクール*¹や幼少教育には関心があり、色々と調べていたそう。探していたのは、“子どもの考える力や感じる心を邪魔しない幼稚園”。現在は日田市前津江町で森のようちえん「おひさまのはら」を主宰している折居夫妻に信頼を寄せ、子どもを預けている。どのような経緯だったのだろう?

政隆さん:自然のなかで驚きや喜びを感じる心=“sense of wonder*”の世界を育む時期だと思っていたんです。

沙起さん:子育てをきっかけに食やライフスタイルも見直すことになりました。子育てをする環境についても、親である私たちの関係性、その親の家族関係なども繋がっているんだなと気づき、見直すことになりました。沖永良部のなかにも幼稚園はあったんですけど自然の中で遊ぶようなスタイルではなかったので、まだ理想には追いついてなかったんです。

政隆さん:現在は森のようちえん「おひさまのはら」に子供たちを預けていますが、森のようちえんに預けているというよりは、そこを主宰している折居夫妻に預けているという感覚です。

沙起さん:折居夫妻のことは、最初に見学に行った際に子どもたちへの接し方を見て信頼できました。他にも関わってくれるスタッフや、一緒に過ごすお友達とその家族など、きちんとお話ができるようなコミュニティがあることが大きかったですね。森のようちえんには何度も行ったわけではなくて、見学に行っただけでしたが、インスタの投稿や、メールでの対応など触れる中で、「ここは大丈夫。預けたいね。」と夫婦で意見が一致しました。

政隆さん:信頼できると思える部分は色々とあると思いますが、ご主人はもともと木工職人で、僕は一度折居さんに作品を見せてほしいとお願いしたことがあるんです。折居さんの作った作品(豚のおもちゃ)を見たときに、この方なら間違いないと思いました。

「おひさまのはら」を運営する折居さんの工房「おひさまとかぜ」で制作している木のおもちゃ

「おひさまのはら」で遊んでいる息子さん。

 

実際に「おひさまのはら」に通いながら、変化している息子さんの姿に成長を感じているそう。今まで家族だけで見ていた環境から、お友達がいる環境となり、現在は他者の中に入ったときの自分というものを見つけられているように感じられるという。日田に移住して、「おひさまのはら」に通い始めて数カ月経った息子さんはどう変化したのだろう?

沙起さん:とにかく息子はすごく楽しそうです。一回も行きたくないって言ってませんね。最初は週3回でお願いしていたのですが、そのうちに「毎日行きたい」と言ってきたので今は毎日行っています。親も一緒に行う活動の日があるので、すごく楽しいんです。「あそこに毎日行けるってホント幸せだよなぁ」っていう空間です。

 政隆さん:折居夫妻は、子どもを2人育てあげてから森のようちえんの活動を始められているので、子育てをやりきってからということに信頼を寄せますし、大切にしていることに共感できます。息子は、最初はみんなの中に入って楽しみつつも、「どうしたらいいのかな」っていう感じで、気持ちがざわついているのを感じたけれど、最近落ち着きましたね。親としてどこまで口を出したらいいのかは毎回考えます。どうしても「守りたい」と思ってしまうのですが、「今はこうしよう」とか「ちょっとひいとこう」とかは夫婦間でよく話し合っています。

小学校2年からいまいち学校が合わず通わなくなったけど、それが結果的に固定観念に囚われず自分らしい道を切り開く原動力に。ガラス作家となった夫政隆さんは場所に囚われず生きていけるスタイルを見出す。」


政隆さんのお仕事はガラス作家(@masataka_joei)。小さい球体のガラスに緻密な柄と彩色を施した観賞用オブジェや、ペンダントアクセサリーをつくっている。
十代の頃は東京に出て、ドラマの音声の仕事をしていたそうだが、身体を壊したこと、お父様を亡くしたことをきっかけに鹿児島へ戻った。
帰郷後、ひとりで四国のお遍路参りをし、そこで見つけたガラスのお土産物に惹かれ、「帰ったらガラスをやろう」と決意したとのこと。20歳で鹿児島のガラス工房の門を叩いた。1年修行したのち独立し、結婚と子育てを機に早くも勝負をかけ、現在はアメリカ市場や国内の市場で販売している。
 

政隆さんのつくるガラスの作品。

政隆さんのつくるガラスの作品。

 

政隆さん:父が亡くなる2日前に電話で話していて、『やりたいことをやりなさい、生きたいように生きなさい』って言われたんです。その言葉を受けて、師匠の門を叩きました。師匠からも『やりたいことやって生きていくのはすごくいいとおもうよ』って言われた時に『一生ガラスやっていこう』と思いましたね。

ガラスでアメリカに挑戦しようっていうのは26歳くらい。子どもが生まれる直前くらいだったのですが、アメリカ市場で受け入れられて今があります。この挑戦の時期を誤っていたら、厳しい結果になっていたかもしれません。

小学校2年生ごろから学校に行っていなかったという政隆さん。学校に行ってなかった理由は当時ぼんやりしていたそうですが、今子供ができて子育てをしてみて、家庭の環境や夫婦関係が原因だったのかもしれないとのこと。学校に行かなかったので、「こうであるべき」「こうじゃなきゃいけない」という先入観や固定概念がなく、 人生について諦め感もなく、与えられたところに何をみるかだと語る。今の作品作りも、「自分を掘っていく仕事」だと捉えているようだ。

「勢いで決めた最初の移住では夫婦を見つめ直し、子供と向き合うために改めて移住をした。」

なんで以前沖永良部島にいたのかと聞いたところ、「自分たちが自分たちを見つめるためだった。」と答えたお二人。今ここにいる理由は、将来振り返ったときにわかるものだと語る。

政隆さん:以前移住するときには、妻の家族のことや、僕自身のことがあったから「一回フラットにして、好きなようにやっちゃおう」と振りきったんです。世の中どこにいても仕事ができる環境になれば必要な環境を求めて移住しても良いと思うんです。沖永良部のときは、「海のある島に住もう!」と勢いに任せた移住でした。

 沙起さん:日々過ごしていたら、「なんか子どもと向き合えてないよなぁ」「夫婦関係がよくないよなぁ」と思うことがありますよね。いいことも悪いことも子どもにしちゃってるなぁと。いいところはそのままでいいけど、悪いところは断ち切るようにしています。

わたしたちは子どもを育てているというよりは“育ててもらっている”感覚の方が大きくて、子どもはいつも、私たちに必要な課題をもってきてくれるので、子どもというよりも、一人の人として接するようにしているんです。

「移住を考えるからこそ、一緒に日々暮らしていくからこそ、一番身近で信頼できる夫婦でよく会話し、意見を出し合いながらお互いの価値を尊重することが大事。」

ずっと自宅で仕事をしている政隆さん。家の環境がよくないとすべてに影響がでるという。ご自身の経験から、商品が売れなくなるときは「仕事をなめてしまっているとき」か「夫婦関係がよくないとき」だとわかるようで、夫婦関係を整えておくのは仕事のうちだと思っているそうだ。パートナーは一番近くにいる他人だが、一番信頼したい人であり一番信頼してもらいたい人であるからこそ、ここへの強い信念が伺える。

沙起さん:自分が持つ要素は色々とあるけれど「母」だけになってしまうと疲れてしまいますよね。夫婦で話すことで一人の女性として、本来の自分というものにも戻れる。仕事をしている女性は、「仕事をしてる姿」もそのひとつなわけで、それを認め合うことってとても大事だと思うんです。

政隆さん:妻にはもちろん「幸せな女性」であってほしいですよね。現在働く女性が多い中で「社会で輝ける女性」という価値観もある。「今の社会の在り方と、私たちがもっている人間の本質的な部分」をどう折り合いをつけるかは大事だと思うんです。子どもを産んだらよく女性は強くなるというけど、本来女性は子どもを産んだら子どもの発するシグナルにいち早く気づけるように繊細であって欲しいと思うんです。そのために、男性としてどうあるべきか。私たち夫婦はどんな会話をしても、最後は女性としての在り方や、男性としての在り方にいきつくんです。夫婦には男と女としての役割があると思うから、どちらかだけでは足りないと思うんです。

最初は「正しさ」を追求するあまり喧嘩もよくしたようだが、徐々にこういった対話を重ね、家族のスタイルを作り上げてきた。とにかくたくさん話してきたという2人が話す言葉は自然と一致していた。

人や物事の距離感がちょうど良いから日田に満足している日々。エアコン要らずの大山の高台も気に入ってる。

まだ始まったばかりではあるが、日田での暮らしはどうか聞いてみた。

沙起さん:まだ引っ越したのは最近ですが、日田にずっといたいなと思っています。今住んでいるところも、近所の人との距離感もちょうどいいですし、前に住んでた離島は比較的小さな島だったので、車でどこにでもいけるところも楽しいですね。

政隆さん:日田は暑いところで有名ですが、自宅のある大山の高台は涼しいのでエアコンもこの夏ほとんどつけてないんですよ。最近は夜に仕事をしているのですが、昼間に杉の木を眺めたりするのも新鮮で面白いです。

定榮さん一家が暮らす日田市大山町の自宅から見える風景。

 

「今が楽しい!」と語る定榮さんご一家。あまり先のことは決めていないとのことだが、最後にこれからやりたいことを聞いてみた。

政隆さん:大きい車を買って全国をまわる旅、ですかね。僕は日本全国のものづくりの現場や工場を見てみたいなぁと思っていて。

沙起さん:そうそう。いろんなところをまわりながら、私は各地の味噌などの調味料をつくっている現場に訪ねたりして、つくり手の想いに触れる旅がしたいですね。


定榮一家の対話の旅は、穏やかに着実に続いていく。

■最後に

今回定榮夫婦にお会いしてびっくりしたのは、夫婦で使っている言葉がすごく共通しているということ。かなり細かい部分まで、考え方や価値観を伝えあい話し合ってきたことが伺えた。この関係も1日にしてならずだが、価値観を共有している2人は「これから先も家族一緒ならどこでも住める」と語ってくれた。今回日田を子育ての場所に選んだことを日田も喜んでくれているのではないだろうかと、お話しを聞いていてそんな気持ちにもなったし、この熱い真摯な対話をどこまでも見守っていたいとも感じた。

 

*1 サドベリースクール

米国のボストンで1968年に創設された『サドベリー・バレー・スクール』が始まり。一般の学校とは違った教育形態をもつオルタナティブスクールの一種で、いわゆる一般的な授業やテストはなく、過ごし方を自分で決めることができる。子どもたちが自主的に運営に関わることも特徴。

 

*2 「おひさまとかぜ」による「森のようちえん おひさまのはら」

折井夫妻による木工でおもちゃを作っているユニット「おひさまとかぜ」による、子どもが自然の中で自由に遊びながら、自主性を育てる教育に取り組む認可外保育施設

 

*3 sense of wonder

一定の対象(SF作品、自然等)に触れることで受ける、ある種の不思議な感動、または不思議な心理的感覚を表現する概念であり、それを言い表すための言葉。レイチェル・カーソンの著書が有名。

参考:Wikipedia

 

取材者情報

お名前
定榮政隆(じょうえい まさたか)
出身地・前住所
鹿児島県沖永良部島
現住所
大分県日田市大山町
年齢
32
家族構成
妻、長男(4歳)、次男(1歳)
職業
ガラス作家
Instagram
https://www.instagram.com/masataka_joei
WRITER 記事を書いた人

Yufuko

大分県日田市に恋して移住。ヨガ講師やキャリア教育関係などの仕事をかけもつパラレルワーカー。数年前に行ったフィンランドで自分が楽になる体験をし、多様な価値観や個性をもつ人が幸せに生きるための知恵をシェアしたいと活動している。「喜んで生きる」がモットー。

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