取材者情報
- お名前
- 原 千砂子
- 出身地・前住所
- 出身地:徳島市
前住所:大阪市東淀川区
- 現住所
- 別府市光町
- 年齢
- 67歳
- 家族構成
- 一人
- 職業
- みんなの内成棚田
美しい内成棚田※1 を守り、次の世代へ託したい。移住者でありながら、そんな想いに突き動かされて自ら田畑に立ち、空き民家を再生し、イベントを行うなどの活動を続ける原さん。そんな彼女の話には、能動的に充実した移住生活を送るためのヒントがたくさん詰まっているのではと思い、内成棚田を尋ねました。
定年後、ゆっくり別府の温泉に入ろうと思って移住。
原さん(以下敬称略)は徳島で生まれ、小学校の時に大阪に移住した後大学卒業まで過ごし、結婚を機に大分市に移住し、コンサルタント会社で働いた後、55歳で大阪の大手コンサルタント会社に移籍し、定年までランドスケープ・デザイン※2 に携わり、公園緑地の調査設計などを行っていたそうです。
原 : 老後を楽しく暮らせる場所を探していました。ボランティアで参加した混浴温泉世界※3 の第1回目の際に温泉があり人の往来がある街は安全かなと感じました。別府には安くて美味しい店も多いし、車に乗らなくなっても歩いて食べに行くこともできます。定年を迎えたのもあり、別府の温泉に入りながらゆっくりしたいなと思って大阪から別府に移住することにしました。
ただ,不動産会社から紹介される物件は家賃は高くて安普請。DIYで一からやりたかったので、友達を通じて探してもらいました。
そうして、念願の物件を探し当てた原さんは、65歳まで再就職で中津にて働きつつ、電気・水道など以外は自らの手で改修を続けて、現在別府生活は7年目。65歳から下宿屋をはじめて、APUの学生さん4名ほどを受け入れつつ、自宅は今もリフォームを続けているそうです。
原 : 学生さんとのふれあいが楽しいです。若い方から教わることも多く、留学生などを交えてホームパーティをしたり、充実した日々を過ごしています。もともと温泉街でお客さんをもてなす街だったし、APUという国際色豊かな大学があり、別府プロジェクトのアートの取り組みなどもあるためか、別府には“変な人”を普通に受け入れる気質があり、とても住みやすいです。
農家さんを手伝いに行っている中で出会った千年近く続いている内成棚田。次世代に残したくて活動をスタート。
そんな原さんが内成棚田に携わるようになったのは、とあるきっかけからでした。
原 : 別府に移住してからは、内成棚田で農家を営んでいる後藤さんからお米を取っていたのですが、配達の度にお米以外も色々頂いたりして、心苦しいので何かお手伝いできればと現地を見に行くようになりました。そのうち、後藤さんが手を痛めたのをきっかけに活動をスタートさせました。
現地に行ってみると、その集落では家は何軒もあるものの、実際に住んでいるのは80代の女性1人のみ。前述の後藤さんも、元々は住んでいたけど、今は別府に居を構えて2箇所居住。
原 : 内成棚田には約40ヘクタール・1300〜1400枚の棚田がありましたが、現在80戸172人(2019調べ)しかおらず、すでに半分が放棄水田となっています。棚田なので平地に比べて収穫量が少なく、石垣や畦、水路の手入れも大変な上に、イノシシ・イタチ・アナグマなどの鳥獣害も多く、苦労して作っても「米では食って行けない」と皆さん口を揃えておっしゃいます。それで息子や娘には苦労させたくない、農業を継がなくて良いと殆どの農家が考えています。今農業を担っている方々は60〜80代で、10~20年後には棚田の担い手がいなくなる可能性があります。素晴らしい風景なのに、人に知られないうちになくなるのではという危機感が湧き起こりました。
今、一緒に活動している後藤家の家系図によると、内成に来たのは少なくとも1076年で、あと50年で千年を迎えることになります。私はこの美しい風景を次の千年も伝えたいと考え、元々ランドスケープをやっていた経験を活かして、現在の活動を始めました。
別府と内成棚田を行き来する日々
現在は、別府と内成棚田を週3~4日往復している原さん。運営母体として「内成棚田 千年紡ぎ家」を開業し、活動の幅を広げています。簡易水道の水が出なくなるなどのトラブルもありましたが、棚田キャンプや米・甘酒・ジャムなどの販売など、できることから取り組みを進めているそうです。
原 : まずは、人に足を運んでもらって、知ってもらうことからはじめようと考え、去年の秋からイベントを開催しています。最初は12~13人で稲刈りからスタートし、今年2月にはふき味噌作りを行い、おにぎり炭火で焼きながらふき味噌を塗って食べました。3月にはレモン・ブルーベリー・いちじくのオーナーを募って植えました。新型コロナの影響もありましたが、6月は田植え、7月は蛍を見る会やブランコ制作で20名以上、9月末にはお月見で30人以上に参加していただきました。村のお祭りに参加したりもしています。イベントの情報はFacebookのグループ「みんなの内成棚田」で発信しています。
イベント以外にも、空き家となっている古民家2軒を再生しようと、期限を設けて無料で使える契約を交わし、交流拠点をつくろうとしている原さん。現在は飲食できる場所がないため、来た人が憩う場所を作ろうとしています。
原 : 空き家を住めるようにして、ウーファー※4 や都会からのワーケーションの方に滞在してもらって、農作業をしてもらえればと考えています。草刈りは達成感があるので、良い気分転換にもなるし、都会の方に来てもらって、癒やされてもらいたいですね。キャッチフレーズ案は「ai時代のワーケーションがあなたと千年棚田を守ります」「千年、命と暮らしを紡いで来た内成棚田は証明されたSDG’s」などです。
さらに、空き家の藁葺き屋根を復元したい原さん。
原 : 今度藁葺き職人さんに見てもらって、復元の可能性や費用、ワークショップの可能性をお聞きします。内成の放棄水田はススキで覆われています。このススキが材料として使えるなら、材料を準備でき、経費が削減できます。
岡山県美作の上山棚田では、NPO法人英田上山棚田団により2000年から8300枚の棚田の復元が行われ、ユネスコの「未来遺産」に登録されました。また住民の困りごと、移動手段の研究から「上山集楽みんなのモビリティプロジェクト」が始まり、このプロジェクトにトヨタ財団が4年間で2.2億円を助成することが決まったそうです。復元された棚田の風景の中を、セグウェイがあぜ道を走り、光岡のおしゃれな小型車が走っているそうです。内成棚田も、今と昔が溶け込むようなそんな場所になればと考えているそうです。
ここにあって都会にないものに価値をつけて販売してくために今は応援団作りに勤しむ。
今後もイベントをはじめ様々な活動を予定している原さんに、今の悩みをお聞きしました。
原 : 沢の水を引いてきて使っていたのですが、その簡易水道の水が止まってしまいました。現在は別府から水を運んで対応していますが、道路の下の配管が壊れているらしく、復帰の目処が立ちません。幸いにも隣の井戸は出ているので、空き家の再生のためにも井戸を掘るつもりですが、費用が400万円ほどかかるそうで、そのための対策を考えています。
米自体の付加価値を上げるために竿干し米に取り組む。集落で放置されて誰も取らなくなった梅・金柑など許可を得て収穫して販売しています。今はメルカリでニーズもわかるので、地元ではたくさん自生していて価値がないけど、都会では人気のあるびわの葉や薬草など、お金になっていないものに価値をつけて販売することを考えているそうです。現時点ではまだ商品化と販売先の確保まで至っていないそうですが、いずれは展開していきたいとのことです。
千年続いた美しい棚田で楽しみながら活動し、軌道にのせたら次世代へ。
「千年続いた美しい棚田を次の千年に繋げたい。」原さんを突き動かす想いのこれからについてお聞きしました。
原 : 年齢的にあと5年ぐらいしか働けないと思うので、楽しみつつ活動を続けていって、軌道に載せて若い人にバトンタッチしたいと考えています。また、今の内成棚田は農法などが農家によってバラバラなので、今から田畑の受け入れ会社をつくり、オーガニックな手作りの農業を行うことで、農作物に付加価値をつけて、豊かになるようにしたいとも考えています。
原さんが成功例として思い描いているのは、徳島の上勝町。よくある過疎高齢化が進む町でしたが、つまものビジネスを展開し成功することで、活気のある町になっただけでなく、2003年日本で初めて「ゼロウェィスト宣言」をした環境先進地となった。アクセスの悪い山間地にも関わらずたくさんの若者が移住しています。
原 : 内成には神社の御神木の根本から湧き出る湧水をはじめ、米と野菜と果樹、ジビエ、エネルギーは薪があり、自給自足できる環境があります。都市のインフラからきりはなされているからこそ、いざという時、命が養える持続可能な場所です。脆弱な都市のバックアップ地域としてもこの地域を存続させる価値があるのではないかと考えています。今は夢をかなえる一歩目。そして、次世代へ託したいです。
新型コロナがあったからこそ、ワーケーションなどが広がり、今までは見向きもされなかった農村の古民家などにも価値が生まれたと教えてくれた原さん。最後に移住を考えている方へメッセージを頂きました。
原 : 内成棚田は温泉の街別府まで20分の場所にあるので、内成に住んで別府に通うことも別府に住んで内成に通うこともできます。県都大分は大企業がありビジネスの街、いろんな可能性があるので、自分にあった移住を考えてください。
最後に
自然の中に広がる美しい内成棚田の風景の中で、棚田の大切さやそこでの生活、そして未来について語ってくださった原さん。いくつになっても情熱を持ち行動を起こせば、周りの共感を巻き込み、カタチを成すことができるということを教えてくださいました。取材帰りの道中、内成棚田の風景を見ながら、来年ここに来たら、今よりも更に素晴らしい風景に出会うことができる気がしました。
※1 内成棚田
戦国期から江戸期にかけて開かれ、面積は40余ヘクタール、水田およそ千枚で構成されている棚田。平均勾配はほぼ10分の1で、水平距離10メートルで1メートル高くなる傾斜となっています。農林水産省「日本の棚田百選」に5位で選ばれています。
via:大分県 内成棚田 https://www.pref.oita.jp/site/hijisuiri/utinari.html
*2 ランドスケープ・デザイン
土地が持つ諸要素(資源、環境、歴史などの要素が構築する政治的、経済的、社会的シンボルや空間や地域環境など)を基盤にして、都市空間や造園空間、建築群(まちなみ等)といったランドスケープを設計、構築することをいう。
*3 混浴温泉世界
大分県別府市で3年に1回トリエンナーレ形式で開催されている国際芸術祭。国籍も多様なアーティストが別府温泉に滞在し構想した新作を発表する。
via:混浴温泉世界 http://mixedbathingworld.com
※4 ウーファー
ベッドと食事を提供すると農作業を手伝ってくれる人達。男女比率は約半分。日本人は女性がやや多く、海外からは男性がやや多い。平均年齢はほぼ20代後半。作業ができる体力があれば年齢には上限がなく、50代から60代の登録もある。日本人ウーファーと外国人ウーファーの比率は3対7ほどで、外国人ウーファーは、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、ニュージーランド、香港、台湾、タイなど。欧米諸国からが多い。
via:WWOOFジャパン