大分移住手帖

住み慣れた横浜を離れて別府へ。旅行を経て繋がった縁が紡いだ移住生活。

高畑圭司 Kg

神奈川県横浜市で生まれ育った金澤さんは、旅行で訪れた別府市の旅館を気に入って何度も足を運ぶうちに仲間にも恵まれ、移住を決断。移動の多いトラック運転手という仕事柄のため家にいるのは月10日ほどで、まだまだ新鮮さを感じる生活。勢いで移住したと語る彼に、今に至るまでとこれからについてお話を伺いました。

湯煙が見える別府市の夜景

都会から離れるまで

神奈川県横浜市生まれの金澤さん。横浜市といっても中心市街地から少し外れた、東京都町田市に近い場所で生まれ育ったとのこと。地元の高校卒業後は、会社員として大型バスやトラックの運転手として働きつつ、元々九州への憧れを持っていたこともあり、次第に移住を考える様になったそうです。

金澤 : 高校の時、東京からバスで福岡に遊びに行ったぐらい九州に憧れがありました。関東と比べると、魚をはじめ食べ物など美味しいものが多くて、いい土地だと感じていました。趣味が温泉に入ることなので、いつかそんなところでのんびり暮らせたらいいな〜ぐらいに考えていました。

また、都会は人が多すぎる気がして、漠然と不安を感じていたそうです。

金澤 : 東日本大震災の際、私は横浜市の団地の10階に住んでいたのですが、かなり揺れて怖い思いをしました。もし都会で同じ様な大きな災害があった場合、こんなに人がたくさんいたら大変な事になるのではと。

仕事の人間関係は良好で悩みはなかったそうですが、仕事自体には思うところもあったそうです。

金澤 : 都会で働いていると人が嫌いになるというか… バスの運転手として働いていた時は、運賃精算などでお客さんと接する時があったのですが、中には暴言を吐く人もいたりして、同じ人間なのにどうしてそんな態度をとれるのか不思議に感じる ことがありました。

また、別府市に移住する直前はトレーラーの運転手だったのですが、横浜市は渋滞が酷くて、毎日家を出て会社に着くまでに1時間半もかかってしまって、疲れていました。

そんな中、療養のつもりで訪れた別府市の温泉に癒され、すっかり気に入ってしまったそうです 。

金澤 : ずっと運転手の仕事だったので、肩から首が凝りすぎて痛かったのですが、別府市にあった「臨海」(現在休館中)という旅館のお風呂に入ったら、その痛みがすっととれて楽になりました。すっかり気に入って、初めて足を運んでから移住するまでの6年の間に20回ほど旅行で訪れました。

もともと定年などのタイミングで、“いつかは” 移住して温泉に入ってのんびり暮らしたいと思っていました。都会の暮らしに疑問を感じる様になり、“いつかは”って漠然と思い描いていたものが、ひょっとして“今” なんじゃないかと考えるようになりました。都会から地方に移住することで、給与の面では金額が下がるなど辞めて後悔するかもしれないけど、それでも移住したくなったんです。

既にご両親は他界されており、経済的な理由で実家を手放すかどうかで悩みながらも、気持ちは別府市へ傾いていったそうです。

金澤 : 何より親が苦労して購入し、払い終わった家を手放していいのかとかなり 悩みました。

90歳を過ぎた祖母のことも気がかりでしたが、親戚も多いので任せようと思いました。

移住に関わった友人達と金澤さん

勢いで新天地へ

初めて別府市に訪れてから約6年後の2020年2月に移住した金澤さん。計画も立てずに横浜市を離れる日だけを決めていて、移住後の仕事も決めていない状態でしたが、業者のトラックと自分の車に積めるものを積んで引っ越してきたそうです。

金澤 : 無計画ではありましたが、特に不安や迷いはありませんでした。他の地域と比べることもなく、温泉と食とお酒で決断しました。

移住するまでは年に3〜4回の頻度で別府に旅行に来ていたので、定宿だった「臨海」の支配人と仲良くなっていました。その支配人からは「たまにくるからいい場所なのだ」と、移住自体は反対されましたが(笑)。正直、支配人に出会ってなかったら、移住していないかもしれないです。

その支配人は現在「食泉 天の月」で活躍されていて、一緒に遊びに行くなど今も仲良くさせていただいています。移住の際にもアドバイスをくれたり、色々な方を紹介していただいたりして、ご縁が繋がって仕事も見つかり、苦労なく現在に至っています。公的な制度も調べましたが、手続きで分かりにくい部分もあったので利用しませんでした。

勢いだけで移住したとのことですが、暮らしの根幹になる人間関係は移住前にできていたそうです。また、別府市に住んでから、地域の方々の優しさにも触れたそうです。

金澤 : 都会の人とは違って、別府市の人は何か困っていたら助けてくれます。おかげさまで、色々な面でかなり助かりました。人情味のある良い街だと思います。

引っ越し当日は、前の会社で仲良かった友人が手伝ってくれて、私の車に一緒に乗って別府市まで来てくれたので、引っ越ししたその晩は二人で市内を飲み歩きました。翌日大分空港に送りに行った時、色々押し寄せてきてしまい思わず泣いてしまいました。その友人とは現在も交流を続けています。

金澤さんが通う「食泉 天の月」の料理とお酒

新鮮な日々

こうして別府市に飛び込んできた金澤さんに、現在の暮らしについてお聞きしました。

金澤 : 不動産屋の社長から「タクシー代が無駄なので、飲み歩くなら徒歩圏内に住んだ方がいい」と言われたのを真に受けて、駅の真ん前に住んでいるので本当にすぐに飲みに行けます。横浜市に住んでいた際は、芋焼酎を飲んでいましたが、麦焼酎を美味しく感じるようになりました(笑)。

別府市はすべて徒歩圏内にありコンパクトで、生活は前よりも快適です。そこまで田舎でもないので、不自由はありません。横浜市に住んでいた頃の様な渋滞がなく、交通の便が良いです。物価はそこまで安いわけではないけど、スーパーの刺し身一つにしても味が格段に違うので、満足しています。家の近くでいい病院と巡り会えたので、医療面も充実しています。

驚いたことは、休日は運転したくないので電車を利用するのですが、本数が少ないことです。横浜市に住んでいた頃は数分おきに電車が来るため、時間を調べて乗ることがなかったので、びっくりしました。

現在は株式会社TAMAYAでトラックの運転手として働いている金澤さん。当日の夕方に出発して、翌日の朝に大阪に着き、夕方までトラックの中で仮眠します。その後、一晩かけて朝に別府市に戻ってその日は休んで、翌日の夕方にまた出発という3日サイクルの生活を送っているそうです。

金澤 : 3日働いて帰ってきたら夜飲みに行けるイメージです。繁忙期になると忙しくて、朝帰ってきてその日の夕方に出ることになり、なかなか休みが取れないこともあります。

仕事の都合で、月に10日しか家にいないため、別府市にまだ新鮮な印象を持っているそうです。

金澤 : 仕事で朝方に大阪から別府市に帰ってきて、キラキラした町並みを見ると、旅行に訪れていた頃のテンションになります。また、大阪に向けて別府市を離れる際には、別府市の夜景を見て横浜市に帰る切ないイメージが湧いてきます。まだまだ住んでいるという実感は薄いかもしれません。

金澤さんが乗務するトラック

別府ならではの仕事

今はトラック運転手として我武者羅に働きたいという金澤さん。これから先の展望についてお聞きしました。

金澤 : 仕事に関してですが、会社には年配で頑張っている方々がたくさんいるので、見習って自分の仕事に一所懸命取り組んでいこうと思います。

たまやの足湯

また、会社には「たまやの足湯」という温泉を運ぶ部門があり、私は入社3ヶ月後にその部門に移る予定でしたが、新型コロナの影響でイベントなどが開催中止や延期になり仕事が減ったため、移れなくなったという経緯がありました。別府市ならではの仕事がしたいので、いつかはと考えています。

生活に関しては、中心部に住んでいて困ることはありません。故郷を離れた後悔はなく、これからもずっと別府市に住むつもりです。今のうちにしっかり働いて稼いでおいて、歳をとってからゆっくりしたいと思います。

別府市街地

取捨選択を大切に

新しい生活を満喫している金澤さんから、移住希望者の方へアドバイスをいただきました。

金澤 : 私は勢いだけで移住してきた部分はありますが、決断に至るまでには実家のことや祖母のことなどの悩みがありました。同じ様に、何を残して何を諦めるかの取捨選択することもあるかと。簡単ではありませんが、自分にとって何より大切なことと、諦めざるを得ないことなどを切り分けて、選ぶことが必要かもしれません。

また、個人的な感想ですが、別府市は行政の補助が少ないと感じます。例えば「鉄輪温泉に住んでカフェを開業したい」など、明確な目的がある方なら利用できるかもしれません。国東市や豊後高田市は移住希望者への支援が手厚いので、公的支援をしっかり受けたいという方は、そちらもおすすめです。

温泉にふらっといけて、旨いものがあって、のんびり暮らしたいという方には、別府市は本当にいい街だと思います。自然が豊かで山も海もあるので、釣りなどの趣味がある方も楽しめるはずです。

別府市に移住してきたら、一緒に飲みましょう!

別府駅

歳をとってからゆっくりと

生まれ育った横浜市から縁もゆかりもなかった別府市へ移住し、自分らしい暮らしを手に入れた金澤さん。もうすぐ1年目を迎えますが、まだまだ新鮮な日々が満ち溢れているようです。見据える未来は「歳をとってからゆっくりと」。おじいさんになった彼が温泉を楽しむ姿が自然と目に浮かびました。きっとその頃には、別府市にすっかり溶け込んでいるはず。いつまでも別府市の地で充実した毎日を送って欲しいです。そして、金澤さんのように、移住した先で日々の暮らしを満喫する方がもっと増えて欲しいと思います。

取材者情報

お名前
金澤聡
出身地・前住所
神奈川県横浜市
現住所
別府市駅前町
年齢
41歳
家族構成
1人
職業
トラック運転手

PHOTO

  • 住み慣れた横浜を離れて別府へ。旅行を経て繋がった縁が紡いだ移住生活。
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WRITER 高畑圭司 記事を書いた人

Kg

自営業。Pdw代表/シロバーガー統括、府内5番街理事、SC-RECS.com/クラブイベントインフォ/SCLS/DubRize/PLay/合同写真展など主宰、サイト・DTP・DTM制作、ライター/DJ/ライブ/テルミン使い。
https://twitter.com/_pdw

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