大分移住手帖

30年続けたデザイナーとしてのキャリアから離れ、伐株山の麓ではじめた自然溢れる暮らし。

高畑圭司 Kg

大自然に囲まれて暮らしたいという想いから、30年続けたデザイナー業を辞めて玖珠町にある伐株山の麓に移住し、農業をはじめた高坂さん。そこに至るまで決して平坦ではなかった日々をお聞きする事で、移住希望の方に何か感じてもらえるのではないかと思い、伐株山の麓にある高坂さんが営むブンゴロイドファームを訪ねました。

伐株山の麓にあるブンゴロイドファーム

大自然の中での生活に憧れて

京都でデザイナーとして働いていた高坂さん。たまに父が住む玖珠町で触れる自然溢れる生活に憧れを抱いていたそうです。

高坂 : 京都に住んで、印刷会社でデザイナーとして30年近くデザインの仕事をしていましたが、毎日朝から深夜まで座り通しで、椎間板ヘルニアを患い、慢性的なエコノミー症候群のような体調不良に悩まされていました。

夫が京都で営んでいた飲食店の雑誌記事

夫は祇園で飲食店を経営していました。舞妓さん芸妓さんが使う町家を改装して、京都ならではの風情ある趣のお店でした。

20年ほど前、宇佐市出身の父が、京都の勤め先を定年退職して大分県に帰りたいということで、玖珠町に土地を買って退職金で家を建てて、伐株山の麓にある現住所の隣に隠居していました。

毎年夏休みには父の隠居宅に家族で遊びに来ていたのですが、車でちょっと出かければ風光明媚な阿蘇や耶馬溪、泉質の良い温泉がたくさんあるのに感激しました。会社勤めから逃げ出して、老後はこんなところで大自然に囲まれて暮らしたいという思いが膨らんでいきました。

高坂さんが育てるニンニク

いくつかの転機の訪れ

当初は老後に田舎暮らしをしたいと考えていた高坂さんですが、いくつかの転機が訪れます。

高坂 : 移住はもっと先のつもりだったのですが、13年前、夫が交通事故にあい、 京都で営業していた飲食店を閉めることになりました。看病なども重なり、心機一転、大分県に引っ越そうと決めました。

2007年の終わりに京都から引っ越して玖珠町の父の家に荷物を入れて、仕事を求めて2008年には別府市の鉄輪温泉近くの集合住宅に住み、私は相変わらず印刷会社でデザイナーとして働き、夫は会社員としてバーなどで働いていました。

その矢先、2011年の東日本大震災がきっかけで、私の中で「普通の暮らし」というものへの見方が崩れました。この社会は何かが引き金になって、いとも簡単に、昨日まで当たり前だったことが今日から当たり前でなくなったりするのだと実感しました。

「どんな世の中になろうと、人は食べなきゃ生きていけない」そう思い、食べるものを作ろうと農業を始めました。売ればお金にもなると考えました。

その後、高坂さんは退職して、農業研修のため豊後大野市三重町に移住します。

高坂 : 6年前、県立農業大学校の就農準備研修を受講するために、8ヶ月間三重町にアパートを借りて通いました。

農業をしようと思いついてからは、何の迷いもありませんでした。就農のための情報集め、学びへの努力は惜しみませんでした。周到に準備し、静岡や宮崎に見学に足を運び、都内で開催された有機農業のセミナーなどにも積極的に参加して勉強しました。

伐株山の麓というロケーションと、農地脇の万年水路から良い水をふんだんに引けるという環境なので農業にはもってこいです。

また、県主催の移住説明会に参加した時、玖珠町の農業担当課の方が私たちには一番話しやすかったことも大きかったです。

同時に、物件購入の話と農地を貸してくれるという話も入り、おかげさまで、7反(約7000平方メートル)の農地を確保できました。新規就農で5反以上の耕作地がない場合は、借り入れや補助金などで恩恵が受けられる認定農業者になれないので、ありがたかったです。地元の工務店さんに家のリフォームをお願いして、念願の田舎暮らしが始まりました。

こうして高坂さんはブンゴロイドファームを起業しました。

ビニールハウスで働く高坂さん

玖珠町での暮らし

玖珠町に移住した高坂さんに、現在の暮らしをお聞きしました。

高坂 : 田舎ですが、私の住む場所はホームセンターやスーパーが多く普通の生活を送るには困りません。玖珠町は冬の寒さで道が凍っても、歩いて買い物に行ける範囲に店があります。人ともすぐに繋がることができて、既に多くの友人がいます。

農業では、作付品目が他の農家さんと被らないように意識しているそうです。

高坂 : まだまだ修行中ではありますが、夏はパプリカ・イタリアントマト・茄子・ズッキーニなど、冬はニンニクなどを作っています。変わった野菜でもパッケージを工夫すればよく売れます。

ありがたいことに、JA玖珠九重の出荷組合から福岡のスーパーマーケットに毎日出荷されていたり、道の駅や県内のスーパーマーケットなどにも販路があるので、売り先で悩む必要がありません。

今は農業を試行錯誤しながら、楽しんでいるそうです。

落花生おおまさりの収穫

高坂 : 最初の年はビギナーズラックでたくさん収穫できましたが、翌年と翌々年は暑さで木が病気にかかり立ち枯れてしまい、もう無理かと思うぐらいの燦々たる状況でした。

そこで、学んできたことを元に、土の中に菌を入れてみたところ、驚くぐらい木が元気になりました。菌を活用することで土が活性化され、肥料がなくても農作物が丈夫に育ちます。もちろん大変なことは多いですが、毎年新しい栽培方法を試すなど、楽しんで取り組んでいます。

冬の農閑期には、新しい取り組みも行っているそうです。

高坂 : 冬場は野菜がないので、加工品にも取り組んでいます。かりんとうや黒ニンニク、ピクルスなどです。インスタグラムなどで販売告知をすると、すぐに完売したりと、感触があり嬉しいです。

これからもみんなが喜んでくれるものを作って、収入を増やして経営を維持しようと思います。

高坂さんが手掛けた商品

商品のパッケージ

商品のパッケージ

商品のパッケージ

慣れない風習と草刈り地獄

玖珠町で充実した日々を過ごす高坂さんですが、生活面の悩みなどはないかお聞きしました。

高坂 : 幸いにも私たちは高齢に差し掛かっているので、消防団などへのお誘いはありません(笑)が、若い方はいろんな役が回ってきて大変だという声を聞きます。

年に数回、草刈りや、排水溝、農道の整備に参加しますが、これは苦痛に思ったことがありません。

ただ、今住んでいる地域には風鎮祭などのお祭りが年に数回あり、お祭りの食事を用意する樽番という当番が回ってくると大変でした。しかし、それも代替わりで少しずつ簡略化されてきたのでほっとしています。

ご不幸があると地域全員でお手伝いするのですが、「お斎」*などこれまで聞いたこともないような風習がたくさんあって、これには未だに慣れません。

ビニールハウス内

農業での悩みをお聞きしたところ、こんな答えが返ってきました。

高坂 : 草刈りは大変です!草地獄です!ブンゴロイドファームは畑のみですが、周りは田んぼが多く、雑草を緑肥に利用したいので敢えて刈らずにおきたいこともあるのですが、雑草を放置していると他の場所にも影響が出てしまうので、放置できません。

また、直売所で販売しているので、パッケージにこだわる様になりました。例えば、生ニンニクを普通の袋に入れて販売しても全く売れなかったのですが、ネットに入れてタグをつけたら沢山売れたんです。手間はかかりますが、より良く見せる様に日々工夫しています。

とはいえやはり農業だけでは厳しいので、新たな加工品の開発など、次に繋がるものを考えています。

ブンゴロイドファームの落花生

これからのこと

これから先もずっと玖珠町で農業を営みたいと考えている高坂さんに、これからの目標などをお聞きしました。

高坂 : ひと目でブンゴロイドファームの商品とわかる様にしているので、老若男女関係なくファンがついている実感があります。

極端な自然志向ではないですが、農薬不使用でも病気に勝てる作物を作れる様になってきました。最初は病害虫の被害が出ていると指導員から農薬を撒くように言われることもありましたが頑固に拒否して、今年から手応えを感じています。

来月にはハウスだけではなく、路地の野菜を増やす予定です。みんなが喜ぶ人気の野菜を育てつつ、加工品も増やしていきたいです。

ブンゴロイドファームで育てた、マウロの地中海トマト「ロッソアモーレ」

移住希望者へアドバイス

田舎に住んで農業を営む高坂さんに、移住希望者の皆さんへアドバイスを頂きました。

高坂 : 私達は人間関係が良好な方ですが、上手に距離を保ちながら、集落にどっぷり浸かる覚悟がないと暮らしにくいのではと思います。

仕事や生活の上で、ネットワーク作りは大切だと思います。移住してすぐは、好奇心を持っていろんな場所や機会にできるだけ出向いて、面白いなと思える人、友達になってみたいと思う人に出会えるようにアンテナを張り、ネットや自分の足で情報を探すのがいいと思います。

収穫物

これは人によっては全く参考にならない戯言になってしまうかもしれませんが、人との縁も土地や家との出会いも、偶然や直感や閃きのもたらした結果としか思えないことが多々ありました。リラックスしてアイデアや直感が降りてくるのをキャッチできるような、自由で健やかなメンタルを保つことが大事だと思っています。

ブンゴロイドファームのリーフレタス

就農希望者の方へもアドバイスを頂きました。

高坂 : 農業は初期投資が必要なので、気軽に考えすぎても難しいです。もし農業をしたいのなら、まずは農業大学校での研修を受けて勉強することをお勧めします。

農業大学校で基本を学んでいれば、経験則の様な伝えにくい内容ではなく、しっかりと理論を立てて理屈で納得できるようになります。科学的なエビデンスに基づき、肥料の計算や成分の構成などの合理的な判断が可能になります。基礎をしっかりと学んでから就農した方が、より早く自分の思い描く農業に近づけると思います。

定植26日目のパプリカ

最後に

移住前から今後のことまで、色々なことを教えてくれた高坂さん。話していて感じたことは、直感を信じつつも、極めてリアリストな方だと感じました。そんな高坂さんだからこそ、日々の生活や農業に至るまで、自分に合った暮らしに巡り合うことができたのではと思います。移住希望者の皆さんにも、自分の直感を大切にしながらも、根拠をもって物事に取り組めるような学びを得てほしいと感じました。

*お斎(おとき)
法事や法要が終わった後にもてなされる会食の席のことをいいます。 仏教では僧侶による読経の後、僧侶や参列者に食事をふるまい、思い出話に花を咲かせて故人様を偲ぶという風習があります。また、法事や法要を執り行ってくれた僧侶や、参列者へのお礼の気持ちを込めて会食の席を設けるという意味もあります。

取材者情報

お名前
高坂しのぶ
出身地・前住所
出身地:東京都
前住所:京都市→別府市
現住所
玖珠郡玖珠町
年齢
61
家族構成
職業
ブンゴロイドファーム http://bungoroid.jp
Facebook
https://www.facebook.com/bungoroid/

PHOTO

  • 30年続けたデザイナーとしてのキャリアから離れ、伐株山の麓ではじめた自然溢れる暮らし。
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WRITER 高畑圭司 記事を書いた人

Kg

自営業。Pdw代表/シロバーガー統括、府内5番街理事、SC-RECS.com/クラブイベントインフォ/SCLS/DubRize/PLay/合同写真展など主宰、サイト・DTP・DTM制作、ライター/DJ/ライブ/テルミン使い。
https://twitter.com/_pdw

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