大分移住手帖

サラリーマンから有機農家への転身。夫婦で壁を乗り越えながら自分たちのスタイルを築いていく。

青木 奈々絵

取材者情報

お名前
竹林千尋(たけばやしちひろ)
出身地・前住所
千葉県
現住所
大分県由布市
年齢
30代
家族構成
4人家族(夫、子供2人)
職業
小松台農園
Webサイト
https://komatsudai-farm.jimdosite.com/

結婚を機に農業を始めることになり、都会の生活から農家として大分へ移り住んだ竹林さん。現在は由布市庄内町で「小松台農園」を夫婦で営み、有機野菜を栽培しています。土地探しや地域との関わり方に悩みつつも、自分たちなりのスタイルを見出していった竹林家の千尋さんにお話を伺いました。

サラリーマンから農家へ転身。

千葉県出身の竹林さん。以前は東京都で会社員をしていたそうですが、ご主人の就農を機に退職し、夫婦で農家になることを決意。ご主人の故郷である大分県で、ゼロから農業を始めることになりました。

「付き合っていた頃から『いつか農業をやるかも』と漠然と思ってはいました。20代の頃、農家になるべく動き出したので最初は年齢的に少し早いかなと思っていましたが、実際にやってみて、高齢になってから始めるには体のリズムとか体力的にもかなり負担があるとわかり、今思えば若いころでよかったなと感じています。」

竹林さんは現在、ご主人とともに「小松台農園」を営み、有機野菜の栽培を行っています。小松台農園では有機JAS認証*を取得。野菜の旬の美味しさを大切にし、少量多品目で生産。有機専門の卸売り業者などに販売しています。以前はたくさんの種類の野菜を育て、個人宅への配送を行っていたそうですが、少しずつ自分たちに合うやり方を模索し、今のやり方に行きついたのだとか。

「種類が増えればそれだけ管理も複雑になるし、個人への配送は細かい作業が多くて、農作業以外に費やす時間や労力が多かったんです。BtoB*の出荷に移行してからは、年間の計画がしやすくなりました。」

無理なく自分らしい地域との付き合い方。

農業をするために大分へ移り住んだ竹林さん。都会での生活からがらりと変わり、農業という仕事柄、地元の方と肩を並べることも多く、農家としての移住は人や地域との密接度が高いと感じているそうです。実際のところ、農業を生業としていない移住者の方とは地域に対する感じ方が違うと感じているのだとか。

「『人付き合いを大事にしなきゃ!』と思っていた時期もありますが、今では自分が納得するかたちで地域と付き合っています。もちろんやるべきことには参加していますが、無理なルールに従う必要はないのかなとも思っています。移住する側と地域との間には大きな溝があることも事実だと思うので、地区の行事やしきたりを前もって開示するなど、双方が納得した上で移住促進ができれば、地元の方も外から来た人ももっとうまく付き合えるのではないかと思います。」

そんな竹林さんの家には、背の高さまで積み上げられたたくさんの薪と、広い敷地に大きなヤギが二頭います。田舎で暮らしたらやりたかったことを実践しているといいますが、農作業に加えてやることは盛りだくさん。忙しくも楽しんで暮らしている姿が見て取れました。

「薪ストーブひとつとっても、薪を確保しなければならないので、チェーンソーも、割った薪を保管する場所も必要でした。仕事の合間をぬって薪を割るのは楽しいだけではないですよ。多少の苦労や忙しさも楽しめる人でないと、田舎暮らしは大変だと思います。」

田舎に土地はない。一から畑をつくる大変さ。

“田舎には土地がある”という多くの人が思っているであろうそのイメージは、実は事実とはかけ離れていることもあります。竹林さん夫妻も土地探しには相当苦労したのだとか。目に見える耕作放棄地はそもそも作物を育てるには条件が悪かったり、ゴミが埋まっていたり、持ち主がわからなかったり。やっとの思いで見つかった土地も“持ち主不明”だったり、利用権の設定をしたがらなかったりなど現実はいろんな条件が付きまとうそうです。

竹林さん夫婦がつくる畑は全て耕作放棄地から開墾したそうですが、最初に借りた土地は放置されたままの農業用マルチ*が埋まったままであったり、畑にすれば持ち主が変わって返さなければならないこともあり、畑にするまでに多くの手間と時間がかかるのだとか。

「もちろんサポート体制がきちんと整っている地域もあると思うけど、全国でも新規就農した方々は土地探しに結構苦労しているようです。野菜を作っても販路がなければ農家としてはやっていけないので、自分たちで販路を広げていかなければなりません。土地の開拓も販路の拡大も、農作業と並行しての作業は簡単でありませんね。」

自分たちのスタイルが少しずつ出来上がってきて、今やっと「なんとなくこれでよかったかな」という形が見えてきたという竹林さん。消費者目線の姿勢も忘れず、商品一つ一つには可愛らしいロゴが貼られていました。

「同じ値段、同じものが並んでた時に、どちらを手に取るかと言われたら、やっぱりつくり手の思いやメッセージが感じ取れる方を選ぶと思うんですよね。これはプロのデザイナーの方にデザインをお願いして、それぞれの野菜スタンプも制作してもらいました。」

自分たちが思う農業の世界。

そもそもどうして有機野菜を作るようになったかというと、「農業を学び始めたばかりの頃、素人目にみても苗が元気そうに見えた。」と話してくれた竹林さん。なんとなく有機農業に興味はあったものの、実際にいろんな農家さんを見学したうえで、研修先となる有機野菜を作る農家さんに辿り着いたそうです。とはいえ、竹林さんのお話を聞いていくと有機や無農薬にこだわり続けるわけではなく、日本の食糧事情を支える農家の方々への敬意も感じました。

「有機農業は日本の農業人口の中でもごくわずかの人しか行っていません。日本の食糧事情を支えているのは慣行農家*さん達で栽培技術もすごい。有機や無農薬だから安心安全だとそのまま信じるのではなく、消費者がちゃんと生産者を知ることのほうが重要なのではないかと思う。人が言った安心安全を信じるよりも、自分の中で判断基準をもつことのほうが重要なのではないかと思います。

最近ではSDGs*への取り組みをされているそうで、もともと畑に肥料として牡蠣殻をまいていたそうですが、おおいた有機農業研究会*から話を受けて、本来なら廃棄されてしまう水産物を再利用することにしたそうです。今は佐伯市の牡蠣殻や、臼杵(うすき)の真珠貝などを粉砕し、肥料として再利用しているそうです。

「使っていた牡蠣殻が新潟県産のもので、同じ県内で捨てられてしまう牡蠣殻があるのならもったいないと思ったのがきっかけ。ただの有機野菜で売るのではなく、資源循環をキーワードにこの取り組みを自分たちの付加価値にしていきたいと思っています。」

ここに来るまで、「農業なんてやめたほうがいい」とまわりから散々言われたという竹林さん。田舎暮らしを夢見る人は少なからず農業が頭に浮かぶ人が多いと思いますが、「やりたいならやればいいと思います。同じように後悔するならやってみて後悔してみても良いとおもますよ。」と語ってくれました。過去に戻ってもきっと同じ選択をするという竹林さんからは、後悔の思いは一切感じられず、もがきながらも農家として生きていく姿を見ることができました。

最後に

全ての人が移住をポジティブな眼差しで感じているわけではないけれど、直面した環境をどう乗り越えていくかが何よりも大切。自分で決断したことならきっとどんな壁が立ちはだかっても納得できる、そして後悔することはないのかもしれません。そんな壁をともに乗り越えていく竹林さん夫妻の仲の良さが印象的で、薪ストーブの家で新鮮なお野菜が食卓に並ぶ、あたたかな家族の姿を感じました。

 

*農業用マルチとは、畑のうねにかぶせて使用する農業資材の一つで、防草や土の乾燥などを防ぐことができる。

*BtoBは、企業が企業に対してモノやサービスを提供するビジネスモデル。(BtoCは企業がモノやサービスを直接個人に提供するビジネスモデル。)

*有機JAS認定とは、農林水産大臣が定めた品質基準や表示基準に合格したもの。

*慣行農業とは、化学農薬や化学肥料を使うが、農薬漬け、肥料漬けという意味ではなく、法律で認められた農薬、肥料を基準の範囲内で使う一般的な栽培方法のこと。

*SDGsとは

「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。2015年9月の国連サミットで採択されたもので、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。

参考:外務省 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html

*おおいた有機農業研究会 http://www.d-b.ne.jp/oitayuki/

 有機農業の探究、実践、普及啓発、交流等を目的に生産者と消費者、研究者を中心として結成された。 

WRITER 記事を書いた人

青木 奈々絵

大分県杵築市へ移住。地域おこし協力隊として移住支援活動を行う。国東半島に伝わる七島藺(しちとうい)に惹かれ、工芸の技術を習得し、杵築七島藺マイスターとしても活動している。農家民泊の開業を目指して、築150年の古民家をセルフリノベーションに奮闘中。

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