取材者情報
- お名前
- 松澤 京子(まつざわ きょうこ)
- 出身地・前住所
- 京都府
- 現住所
- 大分県日出町
- 年齢
- 37歳
- 家族構成
- 父母、三姉妹の長女、シロ・ロンシャン(秋田犬)
- 職業
- 日出町役場農林水産課水産振興係
京都府出身の松澤さん。祖母の家があったことをきっかけに大分への思いを募らせ、地域おこし協力隊として移住し、現在は日出町役場で「城下かれい」の育成に携わっています。戸惑いながらも協力隊として日出町での暮らしを築き上げ、前任者からの思いを引き継いでカレイととことん向き合う松澤さん。今回はそんな松澤さんにお話を伺いました。
優しい記憶残る、祖母と過ごした日出町へ。
京都府出身の松澤さんは、三姉妹の長女として京都府で生まれ育ち、飲食業や農業、福祉関係など様々なお仕事を経験されました。30歳という節目に、「自分は本当は何がしたいのか」を考えるようになり、そんなときに思い浮かんだのが「いつか帰りたい」と憧れていた日出町にある祖母の家だったんだとか。何かのきっかけを求めていた時に、日出町での地域おこし協力隊の募集を見つけて、日出町への移住を決めたそうです。
「小さい頃、夏休みやお正月に日出町を訪れていて、その頃の思い出が私の中で優しい記憶になっていました。祖母の家は10年以上空き家になっていたのですが、社会人になってからも草刈りや家のメンテナンスをしに年に1、2度両親と足を運んでいました。昔から田舎や自然が好きで、今後の人生を見つめ直した時、いつかではなく今飛び込んでみようと思い、地域おこし協力隊に応募しました。」
戸惑いながらも周囲に助けられた、協力隊での生活。
2015年に日出町地域おこし協力隊として移住した松澤さん。記念すべき第一号として着任した協力隊でしたが、当時は決まったミッションもなく、「自分に何ができるかを探す」ことからの始まりでした。特定の部署に就いたわけではなかったため決められた座席が無かったりと、戸惑うことも多かったんだとか。
「協力隊制度も浸透しておらず、自分自身も何をしていいかわからない時期もあったため、役場の担当の方に心配や迷惑をかけることもありました。今になって振り返ると、諦めずに継続することで、必要な役回りやポジションが形作られていったような気がします。支えてくれた周囲の存在があったので、今もこうやって日出町にいられるんだと思います。」
協力隊3年目には、農林水産課の所属となった松澤さん。日出町の名物でもある城下かれいの中間育成に携わることになり、任期を終えた今も同部署の臨時職員として管理を任されています。水産専門の道を通ってきたわけではないけれど、日々働きながら実践を積んでいると言います。
城下カレイの父と出会い、学びながら引き継いだ「城下かれい」を育てるという役目。
もともと水産経験はなかった松澤さんですが、前任で水産専門員を担っていた上城先生*から多くを学び、「城下かれい」を育てる道が拓いていきました。「城下カレイの父」とも呼ばれる上城先生とは、毎月朝市調査に一緒に参加し、少しずつ関係性を築いていくことに。今では上城先生が引退し、独り立ちしてから2シーズン目を迎えた今年度は、今までになく大きく成長したカレイの姿を見ることができたんだとか。
「マコガレイはもともと冷たい水を好むので、夏を越すことが本当に難しいんです。人間でいうと、夏場はサウナの中に閉じ込められているような環境なんですが、そういうのにいち早く気付いて対処してあげたい。カレイって懐くんです。餌の時間には『お腹すいた~』って水面までアピールしにきたりして、可愛いんですよ。」
生き物には休みがないため、暑い日も寒い日も、年末年始も関係なく、掃除や餌やりをしているそう。基本的には当番の方が交代で行っているそうですが、現場作業が好きな松澤さんが混じってやることも。カレイの様子がどうしても気になってしまって、休みの日に来てしまうことも多いんだとか。「そういうところが上城先生と似てるかも」と、話してくれました。
白紙のまま決めた個展の開催。
昨年の秋、人生で初めて個展を開いたという松澤さん。作家のような活動は一切していないそうですが、大分にきてから創造的で魅力あふれる方との出会いが多く、そんな刺激を受けて内容は白紙のままギャラリーを予約したそうです。1か月貸しのそのギャラリーは、予約は3年待ち。3年前に予約した松澤さんの順番が、昨年10月にやってきました。
松澤さんが催したのは、「色えんぴつとピアノ」。個展に向けて絵を描きおろし、その場でもらった題材をイメージして即興ピアノ演奏を行ったそう。1か月間の個展では、作品を直接手渡したり、自分の表現に対する反応を直に受け取ることができ、日常では得られない貴重な機会となったんだとか。
「普段は言葉でコミュニケーションをとるのが難しい生き物と関わっているため、来てくれた人に直接作品を手渡しできたり、直に反応を受け取ることができる機会でした。自分が思っていた以上に返ってくるものがあって、時に涙する人もいたりして。日頃から間接的な仕事が多かったので、ストレートな反応はとても嬉しかった。どんな方法でも、心が震えることや創造することを通して、人や生き物と関わり続けていきたいです。」
次へバトンを繋げたい。
城下かれいの魅力を伝えるため、現場以外の場所でも活動している松澤さん。町の広報誌でエッセイを書いたり、城下かれいをモチーフにしたお菓子レシピなども考案。様々な方法で、城下かれいの魅力を発信し続けています。
「日出町の城下かれいは、その貴重さや言い伝えなど、古い文献がずっと残っているんです。そうして今もマコガレイの中間育成は続いていて、私がその役を担っているということは、またこのバトンを次の誰かに渡して、繋いで行くものなんじゃないかなと。いつかそんな誰かが現れてくれたら、私も嬉しい。先生が教えてくれたように、私も一緒にやっていきたいですね。」
最後に
幼少期の優しい記憶を辿って日出町に飛び込み、地域おこし協力隊を終えた今も祖母の家に暮らす松澤さん。辿り着いた先でかけがえのない仕事に出会い、日々生き物に向き合う姿はたくましく、そして美しく映りました。かれいのことを聞くとあれもこれも教えてくれて、愛おしくてたまらなそうに話をする松澤さん。そこには、バトンを受け取った者の責任を果たすような、仕事への誇りを感じました。水産の現場は力仕事も多く、大変なものだと思いますが、それらを感じさせない松澤さんの優しい笑顔がとても印象的でした。カレイとともに成長し続ける松澤さんの姿をこれからも見ていきたいですね。
*上城義信さん
日出町役場に勤め、水産研究員を担っていた上城さん。城下かれいを次世代につなげるため、長年城下かれいの振興に努めた。