大分移住手帖

苦い経験をバネに切り拓いた大分での新たな生き方。

アバター 青木 奈々絵

国東市出身、大阪府で過ごしながらプロレーサーを目指していた森本さんは、一度は志したプロへの道を諦め、会社員としての生き方を歩み始めます。過酷な労働環境を経験したことから、社会保険労務士を目指し、現在は労働環境のコンサルティングを行う森本さんに、故郷・大分に戻った経緯や現在の働き方を伺いました。

プロレーサーを目指して。

国東市出身の森本さんは、以前は大阪府に住んでいました。もともと車が好きだった森本さんは、学生時代からプロレーサーを目指しており、鈴鹿サーキット*のある三重県にも通えるよう関西の大学に進んだそう。時間を見つけては三重県に通って実践を積み、プロとしての道を志したそうです。

「高校生のときにレーサーがフェラーリ*を運転する姿を動画で見て、車はもちろん、ドライバーもすごくかっこ良いなと思ったのが、レーサーを夢見たきっかけでした。その頃から、プロレーサーを目指してサーキットに通うようになりました。」

森本さんがレーサーを目指すきっかけとなったフェラーリ

プロのレーサーになるには高額な車体を購入して、維持・管理していかなければならなかったため、レーシングカーをサーキットで走らせたり、レーシングカーのメンテナンスを業務として行う会社が運営するレーシングチームへの所属を目指したそう。サーキットで練習を積み、見事オーディションに合格した森本さんでしたが、思うようにはいかなかったんだとか。

「チームに所属しているとはいえ、個人が負担する費用もかなりありました。タイヤ1本で何万円もするような世界なので、資金の関係で1年も続かなかったです。腕1本で上がりたいと思っていたけれど、厳しい世界でした。」

過酷な労働環境での暮らし。

プロレーサの道を諦めた森本さんは、営業職として製造業の会社に勤めることにしました。しかし、その労働環境は大変なものだったそうで、朝出勤してから業務は深夜にまで及び、家路に着くのは毎日日付が変わるころ。毎月百数十時間にも及ぶ長時間労働の生活が何ヶ月も続いたと言います。

「就職活動していたのがちょうどリーマンショックの時だったので、そもそも求人が少なかったり、会社にとって有利な条件での働き方を余儀なくされました。『いくら不況とはいえ、こんなに会社が横暴で良いのか?』と思うようになり、その頃から少しずつ労働に関する法律に興味を持つようになりました。」

会社員時代のハードな暮らしによって日に日に体調もおかしくなっていったという森本さん。両親も高齢で病気がちだったこともあり、自身の健康と両親のことを理由に、故郷である国東市に戻ることにしました。

十年ぶりの故郷、大分へ。

10年ぶりに生まれ育った大分に帰ってきた森本さん。帰ってきた当初は運送会社の管理部門に勤めていたそうです。それまでの働き方に比べて健全な暮らしが送れてはいたものの、業種柄、早朝の勤務や夜遅い時間帯の出勤など、変則的な勤務形態であることもあり、ずっとこの仕事を続けていくのは難しいと感じていたんだとか。

「この先もこの働き方を続けられるかなと思っていた時、社会保険労務士という仕事をしていた方と出会いました。その方がいきいきと働く姿が印象的で、自分もその仕事を志したいと思うようになりました。」

会社員としての生活を送りながら資格取得のための勉強をして3年後、晴れて社会保険労務士に合格。2018年に「森本社会保険労務士事務所」を開業しました

社会保険労務士としてリスタート。

開業したての頃は、手続き業務など事務的な作業が多かったという森本さん。これまでの苦い経験があったからこそ目指した仕事でしたが、本来自分が目指している姿とは違うのではないかと、疑問に思いながら生活していたそう。そんなとき、コロナウイルスの影響で対面での打ち合わせや同業種の交流会などもなくなって時間ができたことで、これを機に仕事の内容をがらりと変えようと思い、取り組みを始めたそうです。

現在は社会保険労務士としての資格と経験を活かしながら、企業の労働環境のコンサルティングを行っている森本さん。経営者自らが楽しく働き、その楽しさを一緒に働く従業員の方と共有することで、継続的に事業が発展していく仕組みづくりをサポートしています。

「昔は『若いうちは気合いでがんばれ!』と会社が従業員に働くことを求めることも多く見られたと思いますが、現代の働き方は変化しています。仕事のやりがいを求めたり、経済面以外のところで豊かにしたいという人が多いと思います。世代が違うので当たり前ですが、そんな昔と今のギャップを経営者が理解して、従業員にうまく伝えていくことが必要と考えます。そのサポートを自分が力になれれば嬉しいです。」

新しい未来のために日々できることを。

現在は仕事の多くをオンラインで行っているという森本さん。自然とオンラインに切り替わっている昨今では経営者や同業種との交流会もオンラインで行われることが多く、大分に拠点を持ちながらも全国の方と繋がることができていると言います。

「これまで培った販売や営業職の経験から、『人に伝えること』をいつも意識していたので、その経験は今すごく活きていると思います。そういうのは対面でなく画面上でも結構伝わると思っていて、今までの苦しい経験も無駄じゃなかったなと思います。」

森本さんは「未来」という言葉をよく使うそうですが、コンサルティングを通し、頭の中で1年後、3年後の「未来」の姿をクリアにイメージしてもらい「そんな未来になりたい!」と思ってもらえた瞬間に、相手の顔がぱあっと明るくなるそう。過酷な環境で働いた経験を活かし、森本さんはやりがいをもって今の仕事に向き合うことができているそう。

森本さんの愛車

「自分自身も未来の自分を想像して働いています。僕の場合はやっぱり車が好きなので、レーサーという仕事でなくても、自分の乗りたいと思う車との生活を夢見ています。挫折したからそこで終わりではなく、新しい未来のために日々できることをしていきたいと思っています。

最後に

これまでの大変な労働環境での経験が、今の仕事に結びついているという森本さん。自身の経験を踏まえながら、より多くの会社の労働環境が良くなることを目指し、ひとりひとりの経営者や会社と向き合っている姿が印象的でした。一度は諦めたレーサーへの道も、別の形で実現していくという森本さん。これからの暮らしや働き方がどんな風になっていくのか、今後の活躍が楽しみです。

*鈴鹿サーキットは、三重県鈴鹿市にある国際レーシングコースを中心としたレジャー施設。

*フェラーリ はイタリア、モデナ県マラネッロに本社を置く高級自動車メーカー。

取材者情報

お名前
森本 雅之(もりもと まさゆき)
出身地・前住所
大阪府
現住所
大分県国東市
年齢
39歳
家族構成
職業
森本社会保険労務士事務所
Webサイト
https://sr-morimoto.oita.jp/
WRITER アバター 記事を書いた人

青木 奈々絵

大分県杵築市へ移住。地域おこし協力隊として移住支援活動を行う。国東半島に伝わる七島藺(しちとうい)に惹かれ、工芸の技術を習得し、杵築七島藺マイスターとしても活動している。農家民泊の開業を目指して、築150年の古民家をセルフリノベーションに奮闘中。

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