取材者情報
- お名前
- 安野祐二
- 現住所
- 大分県臼杵市
- 職業
- 飲食店
臼杵市にUターンされた安野さん。「臼杵の台所」としての「食の情報発信・継承」「チャレンジ」をテーマとした施設「サーラ・デ・臼杵」内にある「ポルト蔵」という飲食店を経営されています。「夜の観光協会」の立ち上げや様々なイベントも開催されるなど、臼杵市の中心人物として活動されている安野さんの安野さんの移住話をお聞きしてきました。
30歳を機に地元へ戻る
安野さんは臼杵市に生まれ、中学の時から「地元で過ごしたい」という思いがありました。
将来地元で過ごすためにも、自分のお店を持ちたいという思いもあり、商業の勉強をするたとめに商業高校、大学と進学。卒業後、九州展開をしている会社へ就職した安野さん。30歳の時に「臼杵へ戻ろう」とUターンしてきました。会社で仕事をしている中で、「自分は個人ではなく組織の1人」でしかない事に気づき、ショックを受けたことが地元へ戻るきっかけとなったそうです。
自分にしかできないことをしたいとの想いもあり臼杵市に戻り、初めの一歩として「まちづくり臼杵」に就職。「まちづくり臼杵」では、地元に関わる仕事が多く地域の人との交流も深まったそうです。そんな中、「人が集まる場所を作りたい」との想いもあり、「ポルト蔵」で挑戦し続けています。
人と人が繋がる場所「ポルト蔵」
安野さんは「人と人の繋げ役」を目指しているのだとか。「臼杵市に行ったらこの人」と顔が浮かぶ事で、臼杵市へ何度も通う理由になるのではないかと考え、「人と人を繋げる」ことをメインにしているのだそうです。
ポルト蔵や夜の観光協会は『「峠の茶店」のように様々な人がいる中で、こんなところに行きたい・あんなところに行きたい・じゃあ行ってみようかという会話が行き交う場所を作りたい』との思いで作られました。
あらゆる人が入り混じり交流が生まれやすい飲食店はそんな案内所として適切だと感じたそうです。
場所にたまたま居合わせた人同士や安野さんの紹介した方が、その方の訪問に何かしらの出会いになればとのこと。
「飲食店だからと言ってご飯を提供して終わりではなく、人と人をつなげたりものと人をつなげたり、ものとものを繋げたりしたい。」と言います。
例えば、料理の中に入っているお野菜のことを聞かれるお客さんに対しては「このお野菜は野津町の誰々さんが作っているよ」と説明するなどして、何かをつなげる溶接工になりたいと語っていました。
結婚を機に子どもたちに臼杵市の魅力を伝えたいと感じるようになった
最初のうちは自分たちが楽しいものを作ることがメインでしたが、娘さんが生まれてから子どもも楽しめるイベントを作ろうとシフトチェンジしたそうです。
子どもが自分の出身地を聞かれたときに「大分」ではなく、「臼杵」といってもらいたいとの思いもあり、そのために、イベントの内容の中に地元ならではの郷土料理や昔ながらの遊びも取り入れています。例えば、臼杵市の大きな祭り「臼杵竹宵」で展示される竹灯籠を小学校中学校とコラボし、実際出来た作品を見て「きれい!すごい!」と感じてもらうだけでも、思い出には残ると思います。そこから地元での思い出が合わさり「郷土愛」が生まれるのではないかと考えているそうです。
人口減少の中、今の子どもたちが20年先も暮らしやすい町をつくりたいという思いもあるそうです。
そのためには地元に興味を持ってもらうことの他にも、今自分たちで子どもたちに誇れる町を作っていくことが大切だと言います。
酒場から始まる夜の観光協会
もう1つ力を入れているのが「夜の観光協会」。普段の観光協会では、人と場所をつなぐことが多いですが、夜の観光協会は人と人を繋げようという試みです。
飲食店の運営の中で、初めて臼杵市に来た人にどこに行きたいのか、どんな事をしたいのかヒヤリングをし、その人が求めている場所や人を案内しているそうです。
お酒を飲みながらざっくばらんに話す中で、「ここを案内できるのではないか。」と考えながら接客することを心掛けてます。
例えば、とある外国の方が臼杵市に来た際に「剣道をしてみたい」と言った時は、安野さんの知り合いの中から剣道経験者の人に連絡し、急遽剣道着まで貸してもらって、剣道体験を案内したそうです。他にも、外国人の観光客に「お魚を食べたい」と言われた時に、知っているお店に「タチウオがあるか」電話で聞き、急いでそのお店に案内しました。そのことが嬉しかったようで帰国した後も、いまだにその方と手紙を送り合ったりと交流があるそうです。
そのように、1箇所の建物や施設の中でご飯や遊びが完結できる場所ではなく、臼杵市全体で楽しんでもらえる導線作りを行っています。
女は愛嬌、男も愛嬌
多くの人は移住に対して期待もあれば不安もあるかと思います。そこで、移住の先輩として地元の方との関わり方に対しアドバイスを聞いてみました。
「地元の人たちとのコミュニケーションは自然にできていました。意識した事といえば、中学の担任から『女は愛嬌・男も愛嬌』と言われてきたので、笑顔で接する事かなと思います。」
自然と周りも笑顔になり、コミュニケーションも自然にできていたので特に苦労することもなく、町に馴染むことができたそうです。
今後も子どもたちが20年後住みやすい環境づくり・街全体を繋げるようなイベントや企画を作っていきたいと語っていました。
最後に
お店の運営ももちろん、商店街のイベントや新たなコミュニティづくりをしている安野さん。親子で楽しめるイベントに、新たに「夜の観光案内所」と旅人や大人も楽しめる場所・住んでいる人も旅行者ともに楽しめる場所を作っています。今回お話を聞いているときも常に笑顔を絶やすことなく、楽しくお話をすることができました。この安野さんの人柄こそ周りの人にも安心感を与えてくれるのかと感じました。今後も外から来た人と地元の人をつなげ役として活躍されてる安野さんに要注目です。