大分移住手帖

天ヶ瀬をホームにするために仲間と日々を楽しみながら奔走する暮らし。

Tomomi Imai

奥様の地元である日田市に子育て環境の良さを求めて移住した近藤さん。日田市での生業を見つける足がかりとして地域おこし協力隊に着任し、天ヶ瀬の町を盛り上げるために屋外バーなどを実践。その経験を生かして卒業後に営み始めたコンテナカフェ「FUCHI」は、2020年に起こった九州豪雨により被害を受けました。自らも被災しながら災害支援を行う中で出会った仲間と起業し、今は天ヶ瀬の一員として町を盛り上げていけるよう奮闘しています。そんな近藤さんの移住ストーリーをお聞きしてきました。

移住のきっかけは関東で起きた自然災害。

日田市へ移住した頃のご家族

埼玉県出身の近藤さんは、関東の大学に進学した後、大手飲料系会社へ就職が決まっていました。また、近藤さんが暮らしていたのは比較的人口が多い都市部で、利便性が高く買い物に困ることは無かったそうです。何不自由なく過ごしていた矢先、入社する前の月に東日本大震災が起こります。近藤さんが暮らしていた埼玉県にも大きな影響がありました。近所の大手スーパーの商品棚は、みるみるうちに空っぽになっていったそうです。その時、当たり前のように送ってきた今までの暮らしが、当たり前でなかったこと、その当たり前を誰かが支えていてくれたことなどに気付かされたと言います。

近藤:埼玉県で暮らしていた頃は、生活に必要なものは何でも近所で買えるので苦労はなかったし、自分は豊かだと思っていました。でも、震災が起きて、物流がストップしただけで、何も手に入らなくなってしまうんだということに気付かされたんです。そこで、自分の暮らしぶりは果たして正しいのかなと疑問に思うようになりました。

埼玉県での暮らしに疑問を感じながらも、大手飲料系会社に就職し仕事を続けていた近藤さん。働いている内に、会社の名前で物を売っていく中で、自分の実力で物が売れているのかどうかという部分にも疑問を持ち始めたと言います。自分の暮らしや働き方を見つめ直し始めた頃に、現在の奥様と出会い、25歳で結婚。子どもができたことで、より子育てしやすい環境を優先したいという思いもあり、奥様の出身地である日田市へ引っ越すことを決めました。

近藤:日田市に移住する直前にも熊本で大きな地震が起きました。災害はどこでも起きるものだとも思いました。ただ、原発の問題やそれに関わる食べ物や農作物への影響などの被害がこちらにはあまりないと思ったので、それも日田市を選ぶ理由の1つになったと思います。

3年間で暮らす準備をするために地域おこし協力隊として赴任

地域の色々な活動に参加

大手飲料系会社にて営業経験があった近藤さんですが、手に職があるわけでもなかったので、自分の能力でいきなり独立し暮らすことには不安があり、自信もなかったそうです。そこで、地域おこし協力隊の制度を活用し、日田市で暮らすための助走期間を持つことに。住まいの方は役場の方が手配してくれ、市営住宅を借りることが出来たそうです。

近藤:3階建で12世帯ほどいる天ヶ瀬の市営住宅を見つけることができ、入居しました。このアパートには若い夫婦が多く暮らしていたので、暮らしに対する感覚も近くて、埼玉での日常とそこまで変わらなかったですね。ただ、埼玉にいるときは隣の人の名前も知らなかったけれど、このアパートでは回覧板もあるし、月1回何かしらの集金や夏の懇親会、アパート清掃や草刈りなどがあったので、お互いに子供の名前まで知っているような近さがあったのは、埼玉とは全然違った部分でしたね。家賃は月3万5千円。駐車場が月1万円でした。

木の匂いがする日田。温泉がある天ヶ瀬。

奥様とお付き合いをされている際に、日田市を訪れたことがあるという近藤さん。その時の印象は「なんでこんなに木の匂いがするのか」だったそうです。

近藤:奥さんの実家がある日田市を初めて訪れてバスを降りた時、「なんでこんなに木の匂いがするんだろう!」と驚きました。もう慣れたことではありますが、夜寝る時にカエルの大合唱が凄まじくて寝れないということが結構ありましたね。

日田市の中でも天ヶ瀬を選んだ理由は「温泉街があるから楽しそう」だと思ったという近藤さん。地域おこし協力隊として天ヶ瀬を元気にするための活動をスタートしました。まずは土地に慣れるために町に繰り出した近藤さん。若手男子だということもあり、お祭りなどの地域活動の手伝いを積極的に行い、廃校活用の話なども親身になって聞くうちに、色々課題を感じたそうです。

近藤:お祭りなどの地域活動の手伝いは大切ですが、それだけで地域が元気になるのかと思いました。また、町にもいろんな方々がいて、自分1人の手で全ての方を笑顔にするのはかなり難しいことだと感じたんです。そこで、本来の課題は何か原点に帰って考えてみました。温泉街がとにかく苦しんでいたので、温泉街に人が来て、満足して帰ってもらえることをまずは目標にしようと考えました。

川沿いにテントを持っていって行っていた「テントバー」

日中、別府や由布院を観光した外国人観光客は、宿泊のため天ヶ瀬に来るものの温泉や夕食を楽しんだ後は、部屋で過ごし、朝早く帰って行ってしまうので、町に出ていっていないことに気付いた近藤さん。そこで、「テントバー」として屋台を出したところ、そこそこの売上が立ち、可能性を感じたそうです。

近藤:テントバーの他にも、温泉のお湯を運んでお祭りやイベントで足湯を提供する企画をやってみたんです。温泉のない地域ではとても重宝されましたね。

天ヶ瀬にみんなが休める「FUCHI」を作る

天ヶ瀬の赤い橋横に作られたFUCHIはみんなの憩いの場

こうして、地域おこし協力隊の任期後はテントバーという飲食事業と動く足湯事業の2本軸で頑張ろうと決めた近藤さんは、事務所兼交流の場として2020年にコンテナカフェ「FUCHI」をオープンしました。

近藤:流れの速いところが“瀬”、水がたまっているところを“淵”と言います。魚が瀬でご飯を食べて淵で休むという習性があるので、天ケ瀬の瀬にみんなが休める淵をつくろうと思い、この名前にしました。

飲食業も足湯事業も順調だったという近藤さん。宿泊者がいる金土日のオープンでとても賑い、奥さんにも手伝ってもらいながら邁進する日々だったそうです

何気ない一言で傷ついたことも

大分県に来て、様々な新しいことにチャレンジする近藤さん。そんな中、苦しかったことがあったかお聞きしたところ、こんな答えが返ってきました。

近藤:「田舎は閉鎖的だ」と聞いていた近藤さん。いざ移住してみたところ、話に聞いたほどの閉鎖感は感じなかったです。新しいことを始める上で出る杭を打たれるようなことはなかったですね。その一方で、一生懸命やっているからこそ心配して声をかけてくれたかもしれませんが「そんなことやっても意味ないよ」とか「変わらなくてもいい」というような、言葉がショックだったことはありますね。また、天ヶ瀬町を元気にするというミッションの下で活動していたので、それ以外の地域から「あいつは全くここにはこないぞ」というような噂話があり少し辛かった時期もあります。関東だと知らない人から噂を立てられるなんてなかったので、慣れるまでには多少時間はかかりましたね。

日常の小さなことの積み重ねで傷つくことがあったとき、どう乗り越えたのか聞いてみました。

日田市に来たのは、まずは家族との時間を大切にしたかったからで、あくまで仕事はその暮らしを支えるものと考えています。まずは自分たちがちゃんと生きていくことを優先して、仕事だと割り切ることで変に悩まずに済んだかなと思います。応援してくれる人もたくさんいたのでその人達のおかげで頑張れました。みんなに好かれようとすると大変だったかもしれませんね

復興を目指す今が天ヶ瀬を良くするチャンス

被災直後。壁が半分なくなってしまったFUCHI

そんな努力の中開店したカフェFUCHIは、オープンした最初の年に起こった九州豪雨によって半壊しました。まだ直せば使える状態のため、山の上へ移動し保管しているそうです。天ヶ瀬の方々は比較的水害には慣れていて、膝下くらいではいつものことだと思う方々も多いそうですが、当時は14軒ある温泉宿の内7軒が、住宅は100軒ほどが被災しました。夏の暑い時期でもあり、復興作業は相当きつかったとのこと。もちろん大変な状況でしたが、近藤さんはこれをある種チャンスではないかと感じたそうです。

近藤:この災害をきっかけにみんなで天ヶ瀬を復興させようと協力しあっている姿が印象的でした。また、全国的にも取り上げてもらい、みんなが認知してくれる機会になりました。町全体でもう一度今後の道筋を考え直す良い機会だと思ったし、しないといけないと感じました。

ボランティア受入場所

 

そこで、近藤さんは旅館や商店の方に声をかけ、「天ヶ瀬温泉未来創造プロジェクト」という任意団体をすぐに作りました。炊き出しやボランティア受け入れの拠点づくり、クラウドファンディング、応援グッズ制作なども行う中、天ヶ瀬に来てくれたボランティアの皆さんに向けて、毎回朝の会で今の復興状況を伝える時間を設けるなど、いつかまた来てくれるようにとあらゆることにトライしたそうです。13人ほどで始めたこの団体は、実働部分を若手が担っていたとのこと。この立ち上げには、全国に窓口を持つNPO法人リエラのサポートがあったそうです。

カフェが被災し、仕事が一時的に無くなった近藤さんは、リエラが手配した仕事を受託することでスムーズに連携をとり動くことができたと言います。

災害からの復旧は半年ほどで落ち着いたそうで、その後近藤さんたちは空き家をカフェとして改装し住民の拠り所を作りました。緊急対応は落ち着いて来たので今後継続的な活動へ移るため、「天ヶ瀬温泉未来創造プロジェクト」の取り組みを発展させた現在の一般社団法人あまみらを立ち上げたそうです。

災害はどこでも起こるから、活かしてもらえるように

まだまだ工事は途中のところも。

 

現在、天ヶ瀬で暮らして5年目を迎える近藤さん。災害はどこにでも起こりえます。天ヶ瀬での事例を別の地域にも活かしてもらいたいと思っているとのこと。

近藤:全国的に被災して課題を抱えている地域はたくさんあります。僕たちの活動の事例をたくさんの人に知ってもらって、困っている人の役に立てれば嬉しいです。5年続ければそれなりの経験になると思うので、この経験を次に活かしていきたいと考えています。

災害支援の拠点となった元保育所。

現在、2020年に閉園し、災害支援の拠点にもなった元保育所を借りて拠点にしている近藤さん。(一社)あまみらのメンバーを中心に、様々な方々が気軽に出入りするような開放感のあるこの場所を主に活動拠点としています。

近藤:今は復旧のその後の課題が多いですね。今後の被害を減らすために、川の工事が進んでいるのですが、その影響で立ち退きを迫られている集落があるんです。普通に暮らしていただけなのに、危ないからと長年住んでいた家を出なくてはならない。そういった方々の話を聞きつつ、バランスを取りながら企画などへ繋げていくディレクターやプロデューサーの仕事をしています。わかりやすい仕事ではないので、なかなか理解して貰えないのが辛いところですね。

元々、家族と豊かに生きるための移住が、いつしか復興支援や経営など、想定外の活動へと発展している中で、なかなかうまくいかないことも多く、修行のような時間だと話してくれた近藤さん。災害から1年以上が経ち、モチベーションの違いなど、課題は山積みのようです。

一方、奥様は子育て時間の確保を理由に、友人と共にカレー屋「ヒツジとトラ」を開業したそう。そのおかげもあってか、日々の暮らしに楽しみも見出せているとのことです。

暮らしやすいからここが良い。

あまみらの拠点には全国からさまざまな方々が来ては、ここを拠点にいろんな活動が行われている

被災し、活動の苦悩もある中でも、ここを出ようとは思わないという近藤さん。その理由は「暮らしやすさ」なのだとか。

近藤:大変だけど、自分の為にやっているので虚無感などはないです。子どもが自然の中で自主性を育むことを大切にしている森のようちえん「おひさまのはら」に通っているのですが、とても良くて、そこにいる世代が近い親御さんたちとも気が合うし、楽しいんです。日田市は自然環境も豊かですし、自分たちのサイズで暮らせるような人との適度な距離感もあるので、それも過ごしやすさに繋がっていますね。

最後に

家族との自然豊かな場所での暮らしを求めて移住した天ヶ瀬で被災した近藤さん。その豊かさ故に起こる自然災害の被災者でありながら、厳しい現実に屈せず仲間達とともに復興やまちづくりに取り組むたくましい姿に勇気をもらいました。そんな近藤さんが待つ天ヶ瀬を応援するためにもぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

取材者情報

お名前
近藤真平
出身地・前住所
埼玉県さいたま市
現住所
大分県日田市
年齢
33歳
家族構成
妻、子ども2人
職業
一般社団法人あまみら 代表
Webサイト
https://amamira.thebase.in/
Facebook
https://www.facebook.com/amamira0707
Instagram
https://www.instagram.com/amamira0707/

PHOTO

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WRITER 記事を書いた人

Tomomi Imai

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snufkiins LLC. 代表社員
離島移住計画 代表
Re-harmo PJ オーナー
25歳でフリーランスとして独立し、多様な分野にてプロデュースやディレクター業を経験。モノコトヒトをつなぐひと。多様な伴走を得意とする。国内外問わず事務局代行・企画編集など多様な業界を経て2018年に法人化。長崎県上五島にてキャンプ場兼カフェ「Re-harmo PJ」を展開し、島に仕事や場を作ったり。絶賛子育て中。ヨガ・サーフィン・音楽・映画・コーヒー・日曜大工が趣味。

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