大分移住手帖

ジビエを通じて都会から移住。自らの手で切り開いた理想の暮らし。

Kg

取材者情報

お名前
高田健吾
出身地・前住所
東京都
現住所
大分県
年齢
40歳
職業
株式会社 椿説屋 https://chinzeiya.com 創業者

東京でジビエの市場が未開拓なことに目をつけ事業を立ち上げ、その仕事をきっかけに大分県に移住したという高田さん。公私ともに充実した日々を過ごしているそうです。そんな高田さんから都会と大分県との違いや、ジビエのことについてお伺いしました。

DJプレイ中の高田さん

都会でジビエに出会う

移住前は東京・目黒区を拠点に、都会的な生活を送っていたという高田さん。仕事では人材派遣関係の大手企業に勤め、HR全般に携わる多忙な日々を過ごしつつ、プライベートでは恵比寿や渋谷に足を運び、下町感のあるアーケード内の飲食店を巡って楽しんでいた中で、2009年に起業し独立しました。

高田 : 会社員生活を経て、2009年に官公庁を中心に事業企画などの相談を受けて解決する何でも屋さんとして起業しました。その後、日中間の貿易コンサルとして、当時活況だったゲームアプリのイラストの仕事を国内で請け負い、中国で作るという事業を行っていました。

そんな高田さんの元には、地方自治体から様々な依頼が舞い込んできたそう。

高田 : 例えば、仕事がないという理由で若い女性が島から離れてしまい、男性ばかりが残って過疎化していたとある地域から依頼があった際には、女性を連れて行って、現地の男性に島内を案内させる企画を行いました。結果カップルが4〜5組程成立しましたね。このような地方と接する仕事が案外ありました。

様々な仕事をこなしていく中で、ジビエの仕事に繋がるきっかけがあったそう。

高田 : 10年ほど前に、とある市の市長から、「鹿が多いので何とかしてくれないか」というお話を頂きました。私自身、鹿肉には8歳頃から馴染みがあったのですが、昔食べていた鹿が現在は有害鳥獣として害をなしていると知り、私達にどんなことができるのかと考えるようになりました。

現在のようにジビエがまだ認知されていない時代だったこともあり、有害鳥獣の活用が進んでなかったそうです。

高田 : 当時、全国で鹿や猪が60万頭ほど捕獲されていました。そのうち5〜6%が食肉で、他は廃棄されている状態でした。食べられるのに食品になっていないことを知り、単純にもったいないと感じました。加えて、当時ジビエ業界でトップランナーと言えるような頭一つ抜けた存在がいなかったので、商機がありそうと感じ、今まで稼いだお金を全てつぎ込んで新事業を立ち上げることにしました。

そんな中、東京で全国のジビエ利活用に取り組む県市の担当部署が集まるイベントがあり、大分県庁の担当者と出会ったそうです。猪や鹿を日本で一番狩猟しているのは大分県で、年間で鹿は4万頭、猪は3万頭も獲っているのだとか。猟師は狩猟した際に、獲物にスプレーで番号だけ書いて写真を撮ったり、しっぽや耳を切って証拠にすることで市町村から1万円程の捕獲報奨金を貰い、肉にはせず廃棄処分することがほとんど。しかも、猟師の平均年齢が60歳以上で、狩猟した山から持って帰るのが体力的に厳しいという面もあったそうです。

高田 : 捕獲量の多い場所なら廃棄処分される有害鳥獣を肉として加工するジビエ事業は成り立つと考え、大分県で会社を立ち上げました。

右が鹿・左が穴熊のお肉。くさみもなく美味しかったです。

仕事面から移住を決断

こうして大分県に縁ができた高田さんですが、当初は大分県に会社を立ち上げただけで、移住する気はなかったそうです。

高田 : 事業の顧客の多くが拠点を置く東京や大阪などの大消費地に集中していたので、そこから離れてしまうと、営業活動がしにくくなるのではないかという懸念がありました。会社立ち上げから約半年程は東京を拠点にして、仕事で大分に行く時は、ホテル暮らしをしていました。

ところが、大分市での滞在費用などを徐々に負担に感じるようになったとのこと。

高田 : 一度大分市に来るとホテル暮らしで25万円ほどかかっていました。それなら何かあれば東京に行くだけの方が負担が軽くなると思ったので、2011年に大分市に移住しました。

設置されている罠

大分市での暮らし

こうして大分市に移住した高田さん。縁もゆかりもない土地であったため、仕事面でのネットワーク構築を一から行わなければならず、時間がかかってしまうなど苦労もあったそうですが、ライフスタイルにはあまり変化がなかったそうです。

高田 : 里山などの田舎ではなく、街中に住んでいるため、都会と比較しても特に不便さはありません。住環境は良くなったと感じます。特に家賃は安くなりましたね。食費はさほど変わりませんが、同じ値段でもクオリティーが高いと思います。

地域のキーパーソンに出会う確率は移住後の方が高いです。東京では100人に会っても関係性は薄いのですが、大分では30人に会えば充分濃い関係性を作ることができるなと。人に恵まれていて、東京の時よりも楽しい生活ができています。

移住後の生活が豊かに感じるのは、都会での生活に疑問を感じていたこともあるそうです。

高田 : 都会では家から一歩外に出ると何をするにしてもお金がかかってしまうという、経済・消費活動に飽きていました。これから先の生き方を模索していきたいと考えていたこともあり「移住して正解だった」というのが移住して約9年経った今の感想です。

現在では、ジビエ事業の規模拡大のために大分市から由布市へ会社の拠点を移したそうです。

高田 : 冷凍施設が大分市の日岡というエリアにあったので、当初は会社の拠点を大分市に置いていましたが、事業規模の拡大にあわせて由布市へと移転しました。

罠にかかった猪

ジビエの加工

未来へのミッション

個人的に移住は成功だったと語る高田さん。これからも大分県内に住み続けたいと考えているそうです。

高田 : プライベートも充実していますし、会社も従業員が10名いますので、今後も大分県内で暮らしていこうと考えています。地方だからといって給与を安くせず、これからも従業員の皆さんと協力して会社を大きくし、もっと人を雇えるように仕事を生み出していきたいです。

就労先や子どもの就学先の選択肢が限られる、飲食店・商店・娯楽施設が少ないなど、地方で暮らす中で感じるデメリットについては、打破していきたいと考えているそうです。

高田 : 今はインターネットなどのテクノロジーを使い、地方都市であっても里山や田舎であっても、都会と同じような生活を送ることができると思います。ですので、個人的なミッションとして、都会と何一つ格差なく過ごしてけるような環境構築に努めていきたいと考えています。

ジビエの商品

移住希望者へアドバイス

知り合いすらいない状態で移住をスタートして、日々の暮らしを満喫している高田さんから、移住を希望する皆さんへアドバイスを頂きました。

高田 : 第一に「何で移住しなければいけないのか」を整理しましょう。私の場合は「会社をつくるため」でしたが、人によっては「農村でスローライフを送ることに憧れて」や「現在の環境から逃げたい」など様々な理由はあると思います。まずはそこを明確に認識することから始めましょう。

そうすることで「どのエリアが適しているのか」を絞ることができると思います。例えば、「スローライフ」が移住の目的であれば、都会と生活が変わらない大分市などの地方中枢都市とはミスマッチです。目的にあった場所を選定しましょう。

また、移住した後の仕事をどうするか考えましょう。田舎で暮らせば自給自足ができるというのは甘い考えだと思います。移住する前に何度か足を運んでアテを作るとか、手に職をつけておくことも有効かと思います。あらかじめ副業を行うことで最低限の収入を確保していれば、どこでも移住できるかもしれません。移住してから考えようではなく、前もって考えて行動しましょう。

そして、最後の最後は勢いも大切です。タイミングなどもあります。人それぞれではありますが「明日移住するぞ」などの勢いも大切かと思います。豊後大野市のようにサウナで面白くなってきている場所もあるので、好きなことに合わせた移住も良いかもしれませんね。

趣味のひとつであるサウナを楽しむ高田さん

最後に

都会での経済活動・消費活動に飽きていた高田さんは、仕事をきっかけに、色々な出会いを通じて、充実した暮らしを手に入れました。環境に身を任せて受動的に過ごすのではなく、能動的に誰と繋がっていくか考えて行動することにより、笑顔が絶えない自分の居場所ができあがったのではないかと感じました。

これからもジビエを通して大分を日本中に発信していく高田さんの活躍に期待したいです。

WRITER 記事を書いた人

Kg

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株式会社モアモスト 取締役・一般社団法人まち元気おおいた 理事・Pdw 代表として、サイト・DTP・DTMなどディレクション〜制作をはじめ、ライターや撮影などの業務に従事。大分市府内5番街商店街振興組合の理事として、まちづくりにも携わる。

SC-RECS.com・クラブイベントインフォ・SCLS・DubRize・PLay・合同写真展などを主宰し、各種イベントのオーガナイズからDJやマシンライブなどまで展開中。テルミン使い。

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