取材者情報
- お名前
- 長岡 琢己
- 出身地・前住所
- 出身地:大阪府
前住所:横浜市神奈川区
- 現住所
- 由布市庄内町
- 年齢
- 55歳
- 家族構成
- 夫婦、長女、長男
- 職業
- 長岡梨園
IT企業の会社員として働く都会の暮らしから離れ、就農のため由布市へ移住した長岡さん。慣れない田舎暮らしで、都市部と田舎の生活の違いや農業の苦労など、自身の想定以上に様々な体験をしたそうです。そんな長岡さんの現在の暮らしや仕事についてお聞きしたいと思い、由布市を訪ねました。
農地を求めて由布市へ
父の仕事の関係で転勤族だったという長岡さんは、全国各地の都市部で生活してきたそうです。
長岡さん : 出身は大阪府で4歳まで過ごしましたが、その後は関東を中心にあちこちで生活しました。就職してからはIT業界でシステムエンジニアやプロジェクトマネジャーとして働いていましたが、転勤の多い仕事でした。由布市に移住する直前は横浜市に4年住んでいました。さらにその前は福岡市に10年ほど住んでいたため、九州には親近感を持っていました。
50歳を迎える前ぐらいから漠然と「定年退職したら田舎で暮らしたい」と思いを抱くと同時に、第二の職業として何か起業したいとも考えていたとのこと。
長岡さん : 定年になる10年程前に起業する業種を真剣に検討し、比較的高齢でも働けて、初期投資が少なくて済み、また比較的失敗リスクが低い業種ということで農業が候補に上がりました。飲食業も検討しましたがリスクが高いのと、子どもが社会人として独立した後だったので、大きく儲けたいというよりも長く働きたい気持ちがありました。
色々と調べているうちに、農業は一人前として確立するまでに10年ほど時間がかかることを知り、気力や体力がある定年前に就農した方が良いのではと思い至りました。
また、横浜市で家庭菜園を毎週末やっていたこともあり、妻は田舎での生活に前向きで移住に賛同してくれました。
就農のためには農地を確保する必要があり、農地を斡旋・紹介できる行政を探した結果、由布市にたどり着いたそうです。
長岡さん : 当初は葡萄をやりたかったのですが、ほとんどの行政は具体的な農地を紹介しておらず「現地で数年間働きながら地元農家さんとの信頼関係を築くことで、初めて農地取得のチャンスが生まれる」という説明をいただきました。しかし、それでは農地を取得することも、取得できるまでの期間も保証されないため、移住しようという気になれませんでした。
そんな中、東京で開催された「新・農業人フェア」という就農希望者向けのイベントで、由布市が引退予定のオーナーが所有する梨園と就農希望者のマッチングをしていると聞き、足を運びました。その後、由布市の担当者と現地農地の状況について連絡をとり、継承の意思がある農地が出てきたタイミングで移住を決めました。
以前観光で由布院を訪れたことはありましたが、梨園を見たことはなかったため、最初は1人で、二度目は夫婦で下見に現地を訪ねました。さらに、移住前に交通費や宿泊費の一部を負担してもらえる大分県の移住サポート制度を使って、梨栽培の研修を1週間受け、2019年2月に移住しました。
梨農家の多忙な日々
こうして会社員から梨農家という異業種へ挑戦した長岡さん。農業や梨について学んだ後に開園し、現在は多忙な日々を過ごしているとのこと。
長岡さん : 移住後は由布市ファーマーズスクールで梨の研修を1年間受け、経験豊かな梨農家さんの元で梨栽培のノウハウを学び、農業簿記の講習にも参加しました。これらの研修費用は無償で、研修期間中の生活費まで支援いただきました。
就農後は忙しく過ごしています。梨は年中作業があり、農閑期が殆どありません。一番忙しいのは8〜10月の収穫時期ですが、色々な品種を育てて収穫のピークが重なりすぎないように調整しています。11月から春までは剪定します。春からは花が咲くので人工授粉を行った後、余分な実を摘果し、品種によっては虫に食われないように袋分けします。7月にちょっとだけ一息つく感じです(笑)。
毎日朝8時から夕方6時まで、土日祝日関係なく時間に追われながら働いています。梨は他の作物に比べて極端に作業量が多く、2〜3世代の家族経営や従業員を雇用している場合、または規模が小さい梨園であれば、定休日を設けることができるかもしれませんが、うちは規模が大きく夫婦のみで営んでいるため、雨の日以外は休めません。重労働ですが、周りの梨農家の方は70歳ぐらいまで現役の方が多いので、私も長く働ければと考えています。
会社員の頃と現在を比較するとどのように感じるかをお聞きしました。
長岡さん : 梨は単価が良いですが人件費などを考えると、売上はあるけど純利益は多くないかもしれません(笑)。そのため、会社員の頃より収入は下がりますが、ストレスがなく健康的な生活ができていると思います。
現在の住居について
仕事は順調な長岡さんですが、住居に関しては色々と苦労したそうです。
長岡さん : 移住前に農泊で、移住者受け入れに積極的な地元の農家に泊めてもらった際に、その集落に由布市の空き家バンクの登録物件があり、市役所や集落の方に購入を薦められました。空き家バンクは登録物件数が少なくすぐ売れることもあり、焦ってリフォーム前提で購入したのですが、移住後に実は登録されてない物件がたくさんあることを知りました。
さらに、当該住宅は改修程度で住めるような代物ではなく、現在は賃貸住宅に住んでいます。梨園に比較的近く、車庫・倉庫・家庭菜園などが揃っており、農業を行う上で非常に便利で重宝しています。
地域での暮らし
現在お住まいの地域での暮らしや地域についてお聞きしました。
長岡さん : 住宅がある集落は高齢化・過疎化が進んでいる典型的な日本の農村です。地域では公民館や神社の清掃、道路沿いの草刈などを通して地元の方々と交流しています。また、私は地元の消防団に入団したため、訓練や宴会などを通して団員の方々との交流を楽しんでいます。仕事が休みになる雨天時には買い物に出かけ、長湯や別府などの温泉に足を伸ばすことが多いです。
同じ田舎の隣接する集落でも違いがあり、購入した家がある集落は移住者の熱烈に歓迎するムードでしたが、今住んでいる集落では適度な距離感でお付き合いいただいています。
都市部で生活が長い長岡さんに、現在の暮らしと比較した場合のメリットやデメリットなどをお聞きしました。
長岡さん : 首都圏からの移住のため、「あるもの」と「ないもの」の差に慣れるのはなかなか難しいと思います。美術館・コンサート・飲食店などに乏しさがあります。この点は、移住前から頭ではわかっていたのですが、実際に住んでみて物足りなさを感じています。そのため、年に数回都市を訪問することでストレス解消に努めています。
また、よく「地方は物価が安い」という意見を聞きますが、安いのは地価くらいで食品・燃料など殆どの物価は大都市と比べて同程度か高いくらいだと感じます。買い物は車で10分ほどかかるスーパーに行く必要があり、ガソリンが高いので気軽に足を運べません。
とはいえ、水道は私の肌に合う天然の湧水で本当に嬉しいですし、騒音や混雑とは無縁で、穏やかに暮らせます。
移住希望者へアドバイス
忙しい日々を過ごす長岡さんは、未来に向けて色々と模索しているそうです。
長岡さん : 梨園の規模を拡大していくべきか、縮小して自分の時間を増やすべきか考えています。拡大のためにはどうしても人手を増やす必要があるため、気軽にできません。縮小して空いた時間を活用し、別のビジネスに取り組むのも手かなと思います。
また、現在は地元の猟友会に依頼している有害鳥獣駆除ですが、猟師の皆さんの高齢化に伴い、今までお世話になってきた恩返しの気持ちも込めて、梨の被害軽減や地域貢献の目的から、狩猟免許を取得しました。地域の鳥獣被害の防止に取り組みたいと思います。
移住に伴う様々な困難を乗り越えた長岡さんから、移住を希望する皆さんへアドバイスを頂きました。
長岡さん : 縁もゆかりもない土地に住むことにより、全く想像していなかった事実に直面することになります。私たち夫婦は転勤に伴い、これまでに海外を含む様々な都市に住んだ経験がありますが、今回の移住は自ら選んだにも関わらず戸惑うことが多かったです。
移住する前には下見をするだけでなく、ご自身と似たバックグラウンドを持つ移住者に、現地と移住前の生活の違いを詳しくヒアリングすることをお勧めします。
また、移住後の住まいですが最初は賃貸を借りて、購入する際はじっくりと時間をかけて探すのもいいかもしれません。
最後に
消防団などの活動を通じて移住先の集落にしっかり溶け込みながら、梨農家として日々奮闘している長岡さん。IT企業のプロジェクトマネージャーとして活躍されていただけあって、現在の仕事や暮らしについて理路整然かつわかりやすく解説してくださいました。由布市に移住するまではずっと都市部で生活していた彼の移住ストーリーは、都会から田舎へ移住で悩む方の参考になるのではと思います。