大分移住手帖

間世田淑子さん

地元の高校生達の笑顔をきっかけにUターン。綺麗な海岸にキャンプ場を開業。

取材 : Kaori ライティング : Misaki

取材者情報

お名前
間世田淑子
出身地・前住所
東京都新宿区
現住所
大分県佐伯市
年齢
50代
家族構成
夫、子2人(男・大学生)、私の4人
夫:仙台単身赴任、長男:APU学生で私と同居、次男:東京で一人暮らし
Facebook
https://www.facebook.com/yoshiko.maseda.3

高校卒業まで佐伯市で過ごした後、約30年の東京生活を経てUターンし、瀬合公園キャンプ場の経営を始めた間世田さんは「元々大分県に帰るつもりはなかった」と話します。そんな彼女が、佐伯市へ移住することになった経緯や現在の生活についてお話を伺いました。

早稲田大学院 内田教授とキューピーの社長にプレゼンした時

早稲田大学院 内田教授とキューピーの社長にプレゼンした時

大分県での生活は考えていなかった

高校卒業後は東京の大学に進学し、新卒で帰郷して3年間大分県内の銀行に勤めていたものの、キャリアアップのため東京に戻ったそうです。

間世田さん:銀行での3年間は大変なことが多かったのですが、苦楽を共にしたその頃の同僚や上司とは今でも付き合いがあります。税理士試験を受けるために退職し、再び上京しました。結果的に税理士試験には失敗してしまいましたが、宅地建物取引士の資格を持っていたので、大手不動産会社で3年程社長秘書として働きました。

その後、結婚退職したものの育児ノイローゼ気味になってしまい、気分転換のために同じ不動産会社に復職しました。都市開発の仕事をしていたため、東京が好きな人でないとできない仕事だったと思います。大分県に戻ってくる前には、会社がオリンピック会場近くに広大な土地を持っていたので、ホテルやショッピングモール、マンション、劇場を建てる際の開発に携わりました。

大学生の頃から合わせて30年程を東京で過ごしたという間世田さん。新型コロナウイルス感染症が流行し始めた頃、東京から人が離れていっているのを感じたと話します。

間世田さん:新型コロナウイルス感染症大流行の中、会社はリモート勤務へ転換しませんでした。理由は主業務がオフィスビルの運営だったため、主業務を否定する(オフィスビルに出勤しない)生活様式を認めない方針をとったからです。会社の時代錯誤な判断に違和感を感じ、この職場では働いていけないと思うようになりました。

また、コロナ禍において親の顔を見に大分県に帰った際、大分駅前にいる高校生達の笑顔を見て「なんて素敵な笑顔なんだ!楽園!?」と思いました。サラリーマン達がマスクをして下を向きながら歩いている東京と、キラキラした笑顔で楽しそうに帰っていく大分駅前の高校生達との大きなギャップに衝撃を受け、高校生が街を作っていくんだと感じました。この出来事が帰郷を考えるきっかけになりました。

新型コロナウイルス感染症の影響は大きく、東京に住んでいる人が帰省することに対しての風当たりが強くなってきました。実家の家族が亡くなってもお葬式に参列できない方が続出し、「闘病中の母のお葬式に参列できないなんて考えられない!」と思い移住を決断しました。

会社のミッションで世界の街を見るために訪れたニューヨークでの1枚

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「瀬会海岸」がハワイみたいで好きだと感じた

大分県に帰ってくる際に「別府市・大分市に住むことも考えた」と言う間世田さん。なぜ、故郷の佐伯市に戻ることを決めたのか聞いてみました。

間世田さん:別府市は空港から近く温泉もあり、移住の第一候補でしたが、人と環境的にピンと来なかったこと、知人から温泉付きの家の維持費が大変であること、地震で温泉が枯れてしまう場合もあるなどのリアルなアドバイスをもらって諦めました。また、大分市は、工業地帯の空気が合わなくて諦めました。

最終的に佐伯市に帰ろうと思ったのは、祖父から「立派な医者になれ」という遺言をもらっていたからです。医者を目指していましたが高校時代に挫折し、今は国境なき医師団に毎月寄付をしています。

また、「立派」のなかには「地方創生」「事業再生」がが含まれるのでは?と考え、地元を盛り上げていけば祖父の遺言に近づけると思い、佐伯市に決めました。

大分県には一旦転勤でUターン。20年程車の運転をしていなかった自分が、佐伯市から職場のある大分市まで往復100kmを超える距離を毎日通勤するという事に不安を感じていたそうです。そんな時、友人から「東京の人が好きなビーチと農園がある」と紹介されて、40年振りに「瀬会海岸」に遊びに行ったと話します。

間世田さん:瀬会海岸を見て綺麗さに驚き「ハワイみたい!好き!」と感じて、上浦振興局に行き「この場所でレストランを開業させて欲しい」と伝えたところ、隣接する瀬合公園キャンプ場の指定管理の改選があることを教えてもらいました。私は東京でホテルを開業するチームにいたため、その経験が生かせるかもしれないと思い、手を挙げる覚悟を決めました。

東京では管理職だったので、収入は半分以下になりました(笑)。大分県の平均年収も下回ってますが、東京と比べて1/10以下の投資で起業でき、ほぼノーリスクと言える額でチャレンジできるのが佐伯市の魅力だと思います。現在私が投資してる額では東京で指定管理者になる事は不可能です。起業の際におおいたスタートアップセンターや社会保険労務士から無料でアドバイスがいただけたのも、すごく心強かったです。また、 各市町村にも色々な制度があるようですが、佐伯市は創業等支援事業補助金として最高30万円を貰えますので、チャレンジに優しい町だと思います。

瀬会海岸

瀬会海岸

選択を間違えたと落ち込む事もあった

大分県に帰ってきた頃は実家に住んでいましたが、今は管理している「瀬会公園キャンプ場」の管理棟に住んでいるそうです。今の部屋に初めて訪れた時は、物置として使われていて驚いたと話します。

間世田さん:管理棟から見える景色の良さが地元住民にはわからなかったようで、体育倉庫みたいになっていたんです。私はリフォーム業務にも携わった経験があったため、建物の良さを見て「かっこいいやん!」と思ったのでここをロビーにしようと決めました。この建物を見た事で自信が持て、絶対に上手くいくと確信したのです。

家具を買っただけで、改修などは全くしていません。前職時代、なかなか売れなかった分譲マンションがあり、購入後の生活が想像できるように家具を配置しただけですぐ売れたことがありました。それくらい家具の力はすごいもので、魅せる空間と使う空間は違うんです。東京でモデルルームを作る経験があって良かったと思っています。家具は佐伯市の創業等支援事業補助金で買い、内装作りのためにIKEAのデザイナーに依頼しました。

移住をして違和感を感じたのは「田舎すぎて無理。選択を間違えたかもしれない。」と思ったことだそうです。

間世田さん:住んでいる地域では自治会の集まりなどがありませんが、近所の人が「綺麗になったね」と言って立ち寄ってくれます。ただ、田舎のネガティブが目について、選択を間違えたかもしれないと3日ほど落ち込みました。理想と現実のギャップで絶望感は味わうものだと思いますが、数日程度ですし新しい人との出会いで考え方も変わります。

田舎への移住は不安なことがあるものの、人との出会いで変わると話す間世田さんが、移住する際にお世話になった方々を紹介してくださいました。

間世田さん:移住の先輩にお世話になりました。

移住したての時は、

平井佐季さん(「地域おこし協力隊」OB)Iターン

・曽根田敏治さん(元ミシュランタイヤの研究職・事業承継で会社役員)Uターン

今は、

・富崎一真さん(元東京ガス勤務)Jターン

・岩佐礼子さん(元国連職員)Uターン

も移住に際して心強い存在で、「こんなインテリジェンスの高い人が楽しそうに暮らせる町なんだな」と思いました。

今後お世話になりたいのは、

地域おこし協力隊の村上ノブさん(パタゴニア、良品計画、IKEA等の店舗&CS部門マネジメント)Iターン

です。

移住者の皆様からの紹介で友達にも事欠きません。私は佐伯市出身者ですが、今遊んでもらってるのは移住してから構築した人間関係の方が多いです。佐伯市に可能性を感じて移住された方から、佐伯市の魅力を聞くのは本当に楽しいです。

間世田さんの住む管理棟のロビー

間世田さんの住む管理棟のロビー

佐伯市には都会で手に入れられないものがある

人によっては面倒臭く感じてしまう人付き合いに苦労はなく、たくさんの人にお世話になったと教えてくれた間世田さん。医療面や介護面でも都会と佐伯市では差があると話します。

間世田さん:新宿区に住んでいた頃は、病院の待ち時間が3時間は当たり前でした。佐伯市は大きな病院や開業医の方も多く、歯の矯正も安いと聞いています。介護の面では、自分が年老いたら佐伯市は最高だと思います。訪問介護が充実していて介護施設も沢山あるし、何より介護で働いてる方々の表情が明るいため、「あんな笑顔の方々のいる施設にお世話になれるなんていいな」と思います。

また、佐伯市には「地域おこし協力隊」を経験した30代の移住者が沢山います。大手企業の本社スタッフ、外資系研究職、メーカーの中国駐在員、海外育ちでSDGsな企業のマネジメント経験者など、みんな前職の給与から収入が下がっているにも関わらず、こんなに優秀な人たちがお金に変えられない価値を見つけて佐伯市に移住してきているんです。私は元々佐伯市の人間なので、出身地でもない場所に移住してきてくれて本当に感謝しています。

間世田さんの管理する瀬会公園キャンプ場

間世田さんの管理する瀬会公園キャンプ場

移住希望者へアドバイス

間世田さんに、これから移住しようと考えている方へのアドバイスをいただきました。

間世田さん:私は東京からUターンする際、前職の仲間に生活の質について心配されました。でも佐伯市は新鮮な魚などの食材が100円で買えるし、中古住宅や土地、中古車も安く買えるし、とにかく暮らすのにお金が全然かからないんです。ある程度蓄えをもって移住しましたが、当初の不安を吹き飛ばす程の生活支出です。

佐伯市では、子どもの頃に描いていた様な夢が1,000万円程で実現できます。ボートが横付けできる家や庭にピザ窯を作ってみたり、クルーザーの購入など、お金持ちがしていることができます。都会のタワマン族の生活の質を超える事もできますよ(笑)。

いきなりの移住は大変だと思いますので、2拠点居住から始めてもいいと思います。私の宿も秋から「お試し移住割」を始めますし、中心街には素敵な家守がいるゲストハウス、お試し移住のシェアハウス(月貸)もあります。気になる方は、直接瀬会キャンプ場にお電話で問い合わせていただけると嬉しいです。また、佐伯市は外から来た人を拒絶せず「よく来てくれたね」と歓迎する風土がある町ですし、面白そうだと思ったらすぐ話しかけてくれるんですよね。まずは、佐伯市で移住者が焼く回転焼きを食べに来てください(笑)。

移住後の佐伯市でヨット遊び

移住後の佐伯市でヨット遊び

最後に

元々は大分県に戻るつもりがなかったものの、東京で培った不動産開発の経験を存分に生かし、瀬合公園キャンプ場の経営再建を立派に成し遂げた間世田さん。子どもの頃に憧れたカフェやレストランの経営、広い庭付きの家で暮らすなどの夢も「チャレンジに優しい町」である佐伯市でなら、叶えられるかもしれません。

PHOTO

  • 地元の高校生達の笑顔をきっかけにUターン。綺麗な海岸にキャンプ場を開業。
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WRITER 記事を書いた人

取材 : Kaori ライティング : Misaki

取材 : くろき かおり
豊後大野生まれ豊後大野育ち。高校卒業後は横浜・東京にて、外資コスメ会社で経営学・マネジメントを学ぶ。その後、石垣島・オーストラリアへの移住。オーストラリアでも同ブランドで勤務したのち、2019年に大分へUターン。現在はフリーランス。趣味は映画を見ること・旅行・サウナ。

ライティング : あべ みさき
東京生まれ大分育ちで、趣味は手芸。介護福祉士として働き、長男出産を機に退職。現在は、子育てをしながら在宅でライターとして働いている。

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