大分移住手帖

海と山に囲まれた国東市で、娘と共に始めたスローライフ

取材 : Kaori ライティング : Misaki

取材者情報

お名前
内田 華子
出身地・前住所
神奈川県横浜市
現住所
大分県国東市
年齢
40歳(移住は38歳)
家族構成
娘(4歳)、近所に両親
職業
国東市地域おこし協力隊 空き家バンク担当
Instagram
https://www.instagram.com/kunisaki_chikiokoshi/

福岡市で生まれ育ち、声楽家としてさまざまな場所でのコンサートのほか、チャペル挙式で聖歌隊を務めていた内田さん。両親の移住を機に国東市へ移り住み、現在は国東市地域おこし協力隊として働いています。そんな内田さんの移住前の生活や現在の暮らしぶり、仕事についてお話を伺いました。

アンティークショップ(福岡市)でのサロンコンサート

移住のきっかけと新たな仕事との出会い

福岡県内の高校卒業後、大分県立芸術文化短期大学に進学して音楽を学びながら、大分市で3年間過ごしたという内田さん。大学卒業後は福岡県に戻り、声楽家として活動していました。

内田さん:声楽家として音楽ホールやサロン、教会などでコンサートを行い、演奏活動以外に音楽教室を主宰していました。私立保育園の園舎内に教室があり、3歳~小学生を対象にピアノとリトミックを教えていました。小学校卒業後もレッスンを希望する生徒もいたため、そちらは私の自宅でレッスンを行っていました。声楽は身体が楽器のため体力勝負なところが大きいのですが、私の小さな身体では長時間の演奏が難しく、体幹を鍛える目的で乗馬を習っていました。自宅から車で15分ほどの所に乗馬クラブがあったので、週1~2回ほど通っていました。馬に乗って駆けるのはとても楽しく、趣味と実益を兼ねた習い事でした。駈足(かけあし)までできるようになっていましたが、腰を悪くしたため、残念ながら3年ほどで辞めました。

 

また、母方の祖父母が生前呉服屋を営んでいた関係で、家には着物がたくさんあるのですが、タンスの肥やしになっているのが勿体なくて社会人になってから着付けを習い、着付師の資格も取りました。娘が生まれてからはなかなか時間が取れませんが、行事の時などにはできるだけ着物を着るようにしています。

2019年4月に結婚を機に神奈川県へ移り住み、すぐに妊娠。娘の出産と同時に新型コロナウイルス感染症が流行したため、関東で演奏活動を行うことはできませんでした。また、関東では感染症対策がかなり厳しく取られており、出産後1年ほどは娘を連れて外出することはかなり困難な状況でした。

 

国東市に移住しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

内田さん:両親が国東市へ移住することになったのがきっかけです。父は福岡県で家庭菜園をしながら農業研修を受けていたのですが、研修の先生が国東市に拠点を移すことになり、一緒に行こうとお声掛けいただいたそうです。父が一度足を運んでみたところすごく良かったらしく、気に入った物件もあり誘われてから半年後には住居が決まっていましたね(笑)。移住の話を聞いた時はすごく驚きましたが、両親と一緒に農業セミナーで国東市を訪れた際、とても静かで空気もきれいで自然に囲まれていて、娘を連れて帰省するならこういう所も良いなと感じました。その後離婚をきっかけに福岡県に戻り、このまま残るか両親と一緒に国東市に移住するか少し迷ったのですが、福岡県では娘を保育園に入れるのも難しかったため2023年2月に移住しました。

 

現在、国東市地域おこし協力隊の一員として働いている内田さんですが、どのように仕事を見つけたのでしょうか。

内田さん:両親が空き家を探していた時に担当してくださった方が前任の協力隊で、私が両親と一緒に移住すると知り、後任にどうかと紹介してくださいました。その当時は協力隊という制度を全く知らず、空き家バンクを担当するということ以外は何も分かりませんでした。3年間仕事をしながら独立準備が出来ると聞いたことや娘が幼稚園に上がるタイミングだったこともあり仕事があるなら取りあえずやってみようと思い、面接を受けました。協力隊だと週4勤務で、娘が通うこども園から急なお迎え要請などがあった時にも仕事の調整がしやすく助かっています。

普段は市内の空き家を回っていますが、年に数回は東京で開催される移住フェアにも出張しています。国東市は平成の大合併で4町が合併してできた市なので想像以上に市域が広く、100を超える行政区(自治区)の名前と場所を覚えるのがとても大変でした。 独特な地名も多いため、着任時に受け取った行政区の白地図を色分けしてふりがなを書いて持ち歩き、少しずつ覚えました。また、空き家の仕事以外に、歌の依頼も頂けるようになりました。6月にむさしこども園さんの子育て支援イベントでライアーの弾き語りをさせていただき、11月には国見町熊毛地区のお祭りにも出演予定です。

 

福岡県では声楽家として活動したり音楽教室を主宰していた内田さんですが、独立後に音楽の先生をやりたいという気持ちはあるのでしょうか。

内田さん:国東市で音楽の先生だけで食べていくのはなかなか難しいと思うので、別の仕事をしながら何らかの形で音楽に携わることができたらと考えています。

音楽教室で年に1回開催していた発表会での講師演奏

国東市での暮らしと子育て環境

移住当初から娘さんと共に市営住宅に住んでいる内田さんですが、どのように住まいを見つけたのでしょうか。

内田さん:国東市の実家の改修が終わってから両親と一緒に移住するつもりでしたが、協力隊の任期の都合で私と娘だけ先に移住することになりました。市のホームページで市営住宅を検索し、子育て世帯移住者向けのリノベーションされた部屋が運よく一部屋だけ空いているのを見つけました。実家と職場の中間地点で、娘のこども園や小学校にも都合が良かったので内見して即決しました。部屋は元々3Kだった間取りを2DKにしてあり、対面のシステムキッチンで3口コンロ付きと、子育てしやすい環境になっていてありがたいです。

今年の田植えの様子

実際に移住してから経験したことや都会との違いを感じたことなどはありますか?

内田さん:国東市に移住後、実家では野菜だけでなく稲作もしています。娘は3歳から裸足で田んぼに入って田植えを経験しました。国東市を代表する観光・国東半島峯道ロングトレイルも体験しました。娘がまだ4歳なので初心者向けのプチトレイルだったのですが、登り切った後の清々しさは何とも言えませんね。今年の海開きでは、娘とシーカヤックにも挑戦しました。海も山も満喫できる国東市は最高です!

また、国東市は黄色い花がきれいだと感じます。菜の花は市花と言うだけあって、春先には市内のどこにでもたくさん咲いていて、わざわざ見に行かなくてもちょっとドライブするだけで満足できます。そして、国見町西方寺地区で見られるミツマタ群生地は、満開時には圧巻の光景でしたね。市内のどこへ行っても自然に触れられるところが、国東市の一番良い点だと思います。

 

そして、何といっても素敵なのは、夜空です。国東市には高い建物がほとんどないので、空がものすごく広くて開放感があります。さらに、国東市は電車が通っていないおかげで、夜は本当に真っ暗です。初めて国東市の夜空を見た時、「星ってこんなに明るくて沢山見えるんだ!」と感動しました。都会ではプラネタリウムでしか見られない満天の星空が、空を見上げるだけで見られることに驚きました。天の川も肉眼で見られるほどです。

移住して1年半ですが、国東市に来て本当に良かったと感じています。都会ではできることがここにはないこともありますが、「なければなくてもいい」という価値観を持てるようになりました。元々娯楽に興味がないので、そう感じられたのもあるかもしれません。

 

福岡県に住んでいた頃と現在で休日の過ごし方に違いはあるのでしょうか。

内田さん:福岡県にいた頃は、土日に仕事が入っていたため、休日は専ら平日でしたが、そのほとんどは自分の音楽の勉強に充てていました。まだ独身だったこともあり、今の休日の過ごし方とは全く違います。神奈川県では、近所の公園のほか、電車やバスを乗り継いで動物園や室内遊戯施設に娘を連れて行ったりしていました。自家用車は持っていなかったので、どこに行くにもベビーカーを押して公共交通機関を乗り継いで、移動だけでへとへとになっていました。国東市に移住してからは公園や子ども向け施設は少ないものの、晴れた日には両親の畑仕事を手伝ったり、海や山で自然と触れ合ったり、月1回の図書館でのお話し会や隣保館の子育て支援イベントなどにも積極的に参加しています。図書館では毎月1つ工作ができるようになっていて、魚釣りのおもちゃや季節の小物入れなどを作ったりするのですが、図書館で工作をするイメージがなかったので面白い取り組みだと思いました。

また、雨の日は図書館や児童館、大分空港のキッズスペースに出かけます。空港では毎回スタンプラリーをして自由帳をもらったり、季節ごとにカボスやザボン、七島イなどが楽しめる足湯でのんびりしたりと、なかなか楽しめます。車で1時間圏内にあるハーモニーランドや高崎山、別府ラクテンチ、うみたまごなどには年間パスポートを利用して時々遊びに行きます。

 

現在4歳の娘さんはこども園に通われていますが、すぐに入園できたのでしょうか。

内田さん:母子家庭なので、保育園にすぐ入れるのは絶対条件でしたが、2月上旬に相談して3月から入園できました。福岡県は待機児童が多いのですが、国東市はゼロなのでありがたいですね。移住前の12月〜2月の間に実家の改修工事の確認で月に2回ほど来ていた際、前任の協力隊のお子さんが通っていた園が園庭開放をしていて、その園で娘を遊ばせていました。通勤経路にあり、娘も慣れていたので園長先生にご相談して決めました。娘が通うこども園では、0歳児から英語教室、年少さんから体操教室、年中からは書き方教室、年長では絵画教室とかなり充実した園生活が送れているようで、登園渋りもなく嬉しい限りです。ひらがなやカタカナを教えてもらえて、娘は文字を書くのが好きなようで家でもお友達の名前を書いたりしています。入園料も保育料も無料で、家計も大助かりです。

移住後の課題と地域との関わり

移住してみて大変だったことや地域の方々とはどのように関わっているのか伺いました。

内田さん:市内に子ども用品を揃える専門店がないため市外へ足を運ぶのですが、お店がある別府市や宇佐市までは片道小1時間かかってしまいます。急に必要になった時は困りますが、普段はおでかけの理由ができるので、それはそれで良いかなと思っています。また、子ども特有の感染症に対応できる病院が少なく流行期は困ります。ママ友の中には別府市の小児科まで連れて行く方もいます。

そして、国東市には電車が通っておらず公共交通機関がバスしかないため、移動には自家用車が必須なのに、ガソリン代は都会より高くてお金がかかりますね。福岡県の方が10円ほど安かったので、移住前に福岡県と国東市を行き来していた頃はガソリンを満タンにしてから国東市に来ていました(笑)。ガソリン代はかかりますが、神奈川県で電車やバスを乗り継いで移動していた時に比べたら、移動自体は数倍楽になりました。バスはあるもののの、便数が少ないのでまだ1度しか利用したことはありません。

また、住んでいる団地では階段の構造上、よく会う方が限られるのであまり近所付き合いはなく、月1回の掃除で顔を合わせる程度の交流です。ただ、小学校入学をきっかけに新たな出会いが生まれるかも知れないと期待しています。実家の近所を散歩すると地元の方が声をかけてくれますし、子どもが少ないのでどこへ行っても娘を可愛がってもらえてありがたいです。

6月の移住フェアに参加した時の1枚

移住するときにお世話になった人や使った制度について伺いました。

内田さん:前任の協力隊の方は同じシングルマザー同士で、移住当時の子どもの年齢が同じなど境遇も近かったこともあり、とてもお世話になりました。娘にお下がりの洋服をいただくなど今でも気にかけていただいており、とてもありがたい存在です。

移住時の補助制度は、「就業ムービング応援補助金事業」(R5年度で廃止)を利用させていただきました。地域おこし協力隊は家賃補助もあり、とても助かっています。また、補助ではありませんが、駐車場代が月1000円という額にはとても驚きました。

峯道ロングトレイルを体験した際の1枚

移住希望者へアドバイス

これから大分県や国東市への移住を考えている方に向けてメッセージをいただきました。

内田さん:私は空き家バンク担当として移住希望者への対応を主な業務としています。実家の移住に付いてきただけの私は、事前のリサーチなど特に何もせず国東市に来たので知識ゼロで本当に困りましたが、その経験が業務にとても役立ちました。

国東市空き家バンクでは、令和5年度から移住フェア来場者や空き家の内覧希望者に『国東市まるわかりガイドブック』をお渡ししています。これは私が都会暮らしでは耳にする事がない「国東市に来る前に知っておきたかった!」と思ったことをまとめたものです。

・上下水道以外の給排水(井戸や浄化槽)

・防災無線について

・路線バスについて

・国東市の気候の特徴

・子育て支援事業について

・移住に係る補助事業について

など一通りの情報を網羅しています。

 

移住希望者でリサーチすると言っても、知っていなければ調べようとも思わないことばかりなので、自治体側からもできる限り情報提供できるような体制にしていけたらと思っています。良い面も不便な面も知った上で、国東市を好きになって移住してもらいたいです。国東市への移住を検討されている方には、まず『国東市まるわかりガイドブック』を手に取っていただけたら幸いです。きっと「何を知るべきか」がわかると思います。現在は、このガイドブックをさらに掘り下げた国東市版『集落の教科書』のようなものを他の国東市地域おこし協力隊7名と一緒に作成しており、令和7年度中に発行する予定です。

国見町西方寺地区で見られる満開のミツマタ

最後に

声楽家としての経験を持ちながら、両親の移住をきっかけに国東市で新たな生活を始めた内田さん。地域おこし協力隊として週4日勤務という働き方と、待機児童ゼロの手厚い子育て支援に支えられ、今では充実した日々を送られています。

菜の花やミツマタが咲き誇る美しい景色、満天の星が煌めく夜空、海と山の自然を満喫できる国東市へ是非一度訪れてみてはいかがでしょうか。

WRITER 記事を書いた人

取材 : Kaori ライティング : Misaki

取材 : くろき かおり
豊後大野生まれ豊後大野育ち。高校卒業後は横浜・東京にて、外資コスメ会社で経営学・マネジメントを学ぶ。その後、石垣島・オーストラリアへの移住。オーストラリアでも同ブランドで勤務したのち、2019年に大分へUターン。趣味は映画を見ること・旅行・サウナ。

ライティング : あべ みさき
介護福祉士として働き、長男出産を機に退職。現在は、子育てをしながら在宅でライターとして働いている。趣味は手芸。

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