取材者情報
山口県宇部市出身で、福岡県の大村美容ファッション専門学校を卒業後、大分市へ移住した山野さん。都会への憧れがありながらも訪れた大分の街に惹かれ、「ここで挑戦しよう」と決意したそうです。美容師としてのキャリアを積み、2023年にインキュベーション施設「はじまりの金池」内で自身が経営するヘアサロン「やまの」をオープンしました。そんな山野さんに、大分市での暮らしや仕事、これからの夢について話を伺いました。

大分で趣味を通じて出会った友人たち
あえて知らない土地で挑戦したい
専門学校で3年間美容を学び、美容師免許を取得した山野さんは、2015年に卒業と同時に大分市へ移住しました。外部講師が大分県出身で、話を聞くうちに興味を持ったのが移住のきっかけだったそうです。
山野さん:専門学校の同期の約9割が東京へ就職するなか「あえてみんなとは違う道に進みたい」と思い、移住を決意しました。元々は都会志向で東京にも憧れがありましたが、知らない県で挑戦するのも面白いかもしれないと考えました。美容学校時代に全国大会に出場した際、大分出身の美容師たちが活躍している姿を見て、九州を就職先の選択肢に入れるようになりました。
5人兄弟の末っ子だった山野さんは、兄弟たちが大学に進学する中で「違う道を選びたい」という思いが強くあったと言います。最終的に美容師を目指そうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
山野さん:地元にいる頃から美容室に通う機会が多く、3週間に1回ほど足を運んでいたことで、美容師という仕事に興味を持つようになりました。しかし、姉が教師だった影響もあり、当時の目標は美容師ではなく美容学校の講師になることでした。そのため、美容学校の講師になれる学校を選び、大村美容ファッション専門学校に進学しました。
ただ、美容学校の講師は「教師」ではなく「講師」という立場で教員免許を持っておらず、「大変だからやめたほうがいい」と講師から言われることもありました。実際に母校で4回ほど講師を経験しましたが、教えることの難しさやプレッシャーを強く感じましたね。
それでも、美容室に勤めながら講師として教える機会を得られ、美容師の仕事と両立することでどちらの経験も活かせると感じました。やりたいことが一通りできましたし、実際に現場で美容師として働く楽しさを知り、「先生より美容師のほうが楽しい」と思うようになったんです。
実際に大分市に移住してみてどのように感じましたか?
山野さん:初めて大分市を訪れたときは、「閑散としていて何もない」という印象でした。特に府内町は、当時お店が減っていて今のようなおしゃれなスポットも少なく、最初は都会に比べて物足りなさを感じましたね。ですが、実際に暮らしてみると、意外とアートや音楽、ファッションのカルチャーが根付いていることに気づきました。
今も大分県に住み続けている理由のひとつは、ここにしかないアートや自由な雰囲気に惹かれたからです。特に別府市の文化や清島アパート、北高架商店街など、個性的なアーティストが集まるスポットでの出会いが大きな刺激になりました。アートやアパレルに関わる人たちと交流するうちに、「東京に行かなくても、大分だからこそできることがあるんじゃないか」と思うようになりました。都会のようにせわしなくなく、穏やかで落ち着いた雰囲気が自分には合っていると感じます。また、大分県には美術・音楽・ファッションなど、感性豊かな人が多く「この土地のルーツをもっと知りたい」という気持ちが強くなりましたね。
大分市に住んでいる理由としては、職場が近く、生活しやすい環境だからというのが大きいです。別府市に惹かれる部分も多いですが、仕事とのバランスを考えて大分市に住み続ける選択をしました。大分県の人は穏やかで優しいけれど、内に秘めた熱さや、良い意味での変態性を持っています。そんな環境の中で、美容とアートを通じて地域をもっと盛り上げていけたら良いなと思っています。

インタビュー中の山野さん
自分に合った環境で楽しみたい
移住してから困ったことや苦労したことはあったのでしょうか。
山野さん:一番苦労したのは、地名を覚えることです(笑)。接客中にお客さんから「高城」や「臼杵」など地名を言われることがあるんですが、最初は全然わからなくて困りました。知らないのが悔しくて、言われた地名をすぐに調べて実際に足を運んで覚えるようにしました。今では地元の人と地域の話ができるくらいにはなりましたね。それから、大分は車社会なので、移動にも苦労しました。
美容業界では「10年経つと1割しか残らない」「1年目で半分、3年で7割が辞める」と言われるほど離職率が高いため、美容師として働く不安も多少ありました。ですが、専門学校の同期30人のうち9割が今も美容師を続けています。これは、専門学校でリアルな美容業界の経営やマーケティングを学べるコースだったからこそ、しっかりとしたキャリアを築けた結果だと思っています。
私たちの世代は「東京に行かないと成功できない」という風潮が強くありましたが、自分にはその先が見えませんでした。ですが、結局は自分のやり方次第で、東京都でも大分県でもどこにいても自分がやりたいことはできると考えるようになり、それなら自分に合った環境で楽しくやろうと思いました。

山野さんの愛犬
ルーツを学び自分らしい美容を追求
2023年に「はじまりの金池」で自身の美容室をオープンさせた山野さん。独立のきっかけについて伺いました。
山野さん:美容師として働く中で、かつては身近だった芸術やデザインに触れる機会が減っていることに気づきました。そこで、自分の個性を発揮できる場を作りたいと思い、初心に戻って美容だけでなくファッションやアートも学び続けるために独立を決めました。今の美容業界はSNSで簡単にトレンドをキャッチできる時代ですが、その分、誰もが同じスタイルを求めがちで、オリジナリティを出すのが難しくなっていると感じます。ヘアスタイルだけでなく、ファッションやライフスタイル全体のバランスを考え、その人にとって本当に似合うものを提供したいですね。例えば、お客さんが「角刈りにしてほしい」という要望があった際、ただカットするのではなく「あの時代に流行ったスタイルですね」と共感できる美容師でありたいです。特に40代以上の方やカルチャーに詳しい人にも対応できるよう、スタイルの背景や歴史を理解しながら、より的確なサービスを提供していきたいですね。
大分県にはアートやデザインに敏感な人が多く、美容に対してこだわりを持っている人も多いので、刺激をもらいながら仕事ができるのが楽しいです。今後も、大分県ならではの文化やカルチャーを取り入れながら、新しい美容の形を提案していきたいと思っています。また、独立して2年が経ち、今後は海外での経験も視野に入れています。アメリカに行って、アートや美容のルーツを学び、海外のヘアスタイルがどのように文化と結びついているのかを実際に見てみたいです。情報が簡単に手に入る時代だからこそ、自分の目で見て体験することが大事だと感じています。仕事の幅を広げながら、多拠点で活動できる美容師を目指し、大分県での暮らしをもっと楽しんでいきたいです。

山野さんの美容室
移住希望者へアドバイス
大分県への移住を考えている方や美容師を目指している方へ向けてアドバイスをお願いします。
山野さん:「美容師を目指すなら東京に行くべき」と言われることが多いですが、やりたいことがあればどこにいても形にすることはできると思います。大分県は人口に対して美容室の数が多い分、美容やアートのレベルが高く、都会と比べてもクオリティに遜色はありません。
また、地方だからこそ新しいスタイルを発信できるチャンスがあります。大分県には新しいことを始めると共感してくれる人が多く、美容やアートに対する感度が高い人も多いので、挑戦しがいのある場所だと思います。私自身、大分県で独立して自分のやりたかったことを実現できているので、美容業界を目指している人にはぜひ大分県で挑戦してみてほしいですね。

山野さんが撮影した写真
最後に
「どこにいてもやりたいことは実現できる」そんな思いで大分市に移住し、美容師としてのキャリアを積み重ねてきた山野さん。都会ではなく地方だからこそできることに目を向け、大分県ならではの文化やカルチャーを取り入れながら新しい美容の形を模索しているそうです。
そんな山野さんの美容室「やまの」は2025年4月に現在の場所から、大手町にある遊歩ビルの2階へ移転オープンするとのこと。これまでのコンセプトを大切にしながら、新たな場所でどのような挑戦をしていくのか、今後の展開が楽しみです。
山野さんの話を伺う中で、大分県は美容やアートに対する感度の高い人が多く、新しいスタイルを発信しやすい環境だと感じました。美容やファッションなどカルチャーを発信するキャリアを考えている方は、ぜひ一度大分県に訪れてみてはいかがでしょうか。