大分移住手帖

恋のように一目惚れ。探せば探すほど本物に出会える、暮らす醍醐味のある日田でヨガを伝えながら日本を再確認するシンプルな暮らし。

Tomomi Imai

出産した友人に会うためだけに訪れた日田で、三隈川の橋を歩いていたら日田に包み込まれ、寝ても覚めても忘れられなくなってしまったという上戸さん。縁もゆかりも無いこの町に一目惚れして通いながら、自然と移住したそう。地域おこし協力隊の制度を利用しつつ、自分らしく呼吸しやすい方へ進んで行き、気づけば日田暮らしは4年目へ。そんな彼女の移住秘話から、現在のシンプルで濃い暮らしについてお話を伺いました。

「作業療法士を辞め、縁もゆかりも無い日田という町を五感で感じて恋をして、地域おこし協力隊として暮らすことに。」

ー上戸さん、ご出身は?どうして日田に?

生まれは福岡ですが、ほぼ長崎市内で、平和公園から徒歩15分ほどのところでどっぷり育ちました。

長崎時代の高校の親友が看護師で、結婚して子供が生まれて、旦那さんの転勤の都合で第一子を日田で産んだんですよね。その子に会いに来たのが最初でした。聞いたことはあるけど行ったことはないなと思って来て、最初は産婦人科に行ってランチして帰っただけでした。

社会三年目から国際系の仲間やまちづくり系の仲間ができたのもあって、ゲストハウスも好きになっていた頃で、日田にもあるのかな?と思って調べて泊まったのが三隈川沿いにある「やすらぎ(https://www.facebook.com/yasuragi.guest.house/さんでした。

この三隈川にかかる橋を渡った時に、細胞1つ1つが喜んでいるような感覚があって。すごく落ち着くのにすごくワクワクするなあと。それが印象的で、長崎に帰った時から朝起きても夜寝る時も「日田に帰りたい」と思うようになったんです。恋に似てて、まさに一目惚れでした。日中時間ができると思い出しちゃうんですよね。「日田で暮らしたらこうなるんじゃないか」みたいに。妄想しちゃう。そこで月に1回時間を作って会いに来たんです。それが半年ほど続いてやっぱり住みたくて。

作業療法士の資格もあるけど、20代で移住をするなら一旦専門職を離れて自分試しをしてみたいなとも思っていました。

自然が近いここならどんな暮らしができるだろう。そのタイミングで、協力隊の制度を教えてもらって、調べてみたら大山地区という中山間地区の担当として募集があり、応募して移住に至ったんです。

日田は「地域支援型」で、地域を盛り上げるなら比較的自由度があり融通がきくものでした。

まず、地域を回ってニーズをみていこうと。保健士さんが町に張り付きで一人いるけど常駐じゃないのもわかったので、介護保険・予防の体操で回るのも良いのかもしれないと。地域の会議や福祉会議にも入っていたんですが、現状そこまでで。

住民の中で集落支援員がいて、その方と一緒に動いていました。入って3ヶ月で大きな災害が起きたんですよね。大鶴地区と小野地区で甚大な被害があって、協力隊は動けるので支援活動に入って良いということになり、毎日のように通って災害支援の事務局メンバーとして一時動いていました。結構大きめの災害だったので全国からNPOの代表なども集まってきて、その中で初めて中間支援の人たちが開く会議や話し合いに参加して、“話し合い”の大切さを知り、ファシリテーションという言葉を知って、協力隊1年目夏過ぎはファシリテーションの勉強会に行ってみて、地域の声をどう聞くかというのを自分なりに研究していましたね。

秋になって「紅葉を見る会」という自然のエリアで食事と話し合いを楽しむという企画をやってみました。協力隊2年目頃までは模索期で、いろんな人の手伝いをしながらやっていましたね。

 

ー移住に際して何か障壁はありましたか?

新しい出会いは好きなので楽しめましたが、私が住んでる大山地区の中川原地区は今でこそコンビニが近くにできましたがやはり田舎で。最初の接し方には戸惑いましたし、すごく見られているなあと。何日かいなかったよねと言われたり、朝から電話がかかってきて「新聞に載ってたね!」とか。コミュニケーションが増えていくといい声も悪い声も聞こえるので、最初は疲れましたが、だんだん慣れました。

大事にしているのは、お願いするときは直接会いに行くとか、挨拶や礼儀は普段以上に気を使うとか、お礼とかも。多少壁はあったけど、周りも教えてくれたから乗り越えられました。信頼ができるとお野菜を下さったり、本当にありがたくって。

「協力隊卒業後はヨガインストラクターと「おとな先生」コーディネーターとして2足の草鞋をベースに自分らしい暮らしを見つめ直して」

ー卒業後、現在はどんなことをされているのですか?

フリーの出張スタイルのヨガインストラクターとして活動しています。協力隊時代のご縁でつながっている方々のところへ日中週2-3回程度、夜は平日毎日クラスをさせてもらっています。

ヨガは長崎にいた頃からやっていて、病院時代も同僚には教えてました。自分の体が変わるのがよく感じられるんですよね。生理痛がひどかったのがよくなったり。協力隊になって結構忙しかったので、一時的にヨガが置いてけぼりになっていたんですよね。

2年目になってやっぱり教えたいなと思って。思い立って近くの公民館でヨガクラスをってるから行ってみたら、そのクラスをやってる先生が近々ニューヨークへ行くために次の講師を探していて、月に1回の夜のクラスを講師でやってくれないかと。それが東峰村のヨガで、ここから始まりました。初めてちゃんとヨガを教えることをやってみて、終わった後の充実感や感謝されることでの自分の喜びがあって、帰りの車でこの仕事はお金以上の喜びがあるから続けて行こうと思ったのが原点で。

大山町に「うめひびき(https://www.umehibiki.jp/)」という旅館があるのですが、今でこそ予約が取れない宿になってきましたが、当時は開店したてでした。それまでは第三セクター向け宿でしたがJRの改修が入って一気に高級層宿になってしまって、住民との間に距離ができているなあと社長から話を聞いていたので、月に何日か感謝デーを設け、日田市民なら温泉が半額になるキャンペーンを始めたんです。その時にフィットネスルームがあって、ヨガも一緒に1日3回一人1000円でやってみたら結構きてくれて。そこからのご縁が続いていますね。

現在は個人のお宅に伺ってお友達同士などグループレッスンが基本です。シニアヨガとして椅子に座ってやるヨガも行っていて、今はイベントペースですが今後もっとやっていきたいですね。

ヨガは日常と非日常の「間」。気にもとめていない呼吸を意識する。生活することが好きで、今は物をできるだけ減らしてシンプルに生きていきたいと思っています。ヨガを教えつつ、教える人も育てたり、表現としてお茶や空間づくりもいずれはしていきたいですね。

一般社団法人NINAU(https://www.ninau.or.jp/のスタッフとして「おとな先生」のコーディネーター活動をしています。「おとな先生」は日田の人材を育てる事業で、「この地域にいる大人が誰でも先生」として経験や仕事について語ってもらうものです。

ー日田4年目。これからだからこそやっていきたい暮らしとは?

直感的に日田に惚れ込んできましたが、自然があるのと、昔ながらの文化が残っていること、街並みや職人さんの手仕事と人の魅力に惹かれたのではないかなと。着物が元々好きで、日田にきて2年目から着物を習うようになりました。今年に入って茶道と金継ぎも習い始めて、これもまた面白くて。金継ぎは自分の大好きなものに囲まれて過ごしたいけど欠けることもあって、直してもらおうとしたら習えるよと。豆田にある相澤漆芸工房(https://www.facebook.com/aizawaurushiya/)の相澤秀一さんは日田の蒔絵師としても最後の1人です。生まれも育ちも日田。ご自宅に伺って習っています。麻と漆で出来る乾漆*という手法が出来る方で、これで作られたものは耐久性もあるけれど軽くて使いやすく、漆を塗り直せば半永久的に使えるんです。現在はプラスチックが増えてきているけど、漆は元々車の表面に使われようとしていたくらい耐久性にも優れ、漆も昔から接着剤として使われてきました。漆は湿度が高いと乾燥するのですが、その特徴も湿度が高い日田の風土にあってるんですよね。

着物はひた琇未会(https://ameblo.jp/hita-hitomikai/)の小野ひとみさんから。NPOとして着付けを出来る方を育てながらお祭りの時とかに観光客に着付けをしてあげるということもしている方です。着物の柄と蒔絵の柄つけは重なるところがありますね。

「暮らす醍醐味は、生活にカルチャーや文化が寄り添っているから。敷居を感じずに本物に出会える中でこしらえる自分らしい暮らしへ。」

ー日田の良さってなんだと思いますか?

日田の良さは「敷居が高すぎないこと」だと思います。小鹿田(おんた)焼のように、生活と文化が隣同士にある感覚があるから、始めやすかったです。生活にカルチャーや文化が寄り添っている感じ。観光でもいいけれど、探すと本物があって、ここには暮らす醍醐味があると思うんです。

長崎って“ちゃんぽん文化”で、目覚める時に教会の鐘の音を聞いてたり異国文化が入り混じってたから、生粋の日本文化への憧れもある中で、5月にある観光祭という日本らしい花火大会に参加して感動したんですよね。こういうところに懐かしさを覚える人もいる中で、私には衝撃でしたね。

「暮らしたい“LIFE”に出会える。自分の求めるものの距離感を大切に自分の価値観を使っていく過程で町に癒されながら」

ー理学療法士にはもう戻らないのですか?

作業療法士の資格はあるけど、病院時代の働き方に戻ろうとは今は思わないですね。病院勤務時代には夏場よく倒れてたんです。離れてみてやっと働きすぎだったと気づいたんです。

かつて作業療法をする中で、リハビリテーションは体だけでなくその人の暮らし方やどうやって生きてきたかを聞いて、病院から出た後に暮らしの役割に返してあげることが仕事でした。2年前にフィンランドに行って教育や福祉について習ってきた際に、目から鱗なことが多くて自分も楽になったんです。

今までの経験から、今とってもしたいことは「LIFE」で。日本語なら人生・生活・生き方とかいろんな意味がありますよね。自分の価値観を使っていく過程に今いる気がしてて。

「日田では道の向こう側から子供たちが挨拶してくれるんだよ。知らない自分に!」と話していたけどその通りで。すごく心地が良いなと。狭いコミュニティだけど、一人の子供に対して関わっている大人が多いなと。

モヤモヤした時に川に行ってみて深呼吸するだけでもリセットできる町ですね。リベルテのようにふと思ったら近くに映画館があったり、自分の求めるものとの距離感は大事だと思います。

ヨガを教える自分も100歳まで、教わる方々も100歳まで元気にというのがテーマで。自分も相手も健康な中で人生を紡いでいく中でできるだけハッピーであって欲しいですね。

*乾漆造(かんしつぞう)

漆工の技法の一つであり、また東洋における彫像制作の技法の一つである。 麻布や和紙を漆で張り重ねたり、漆と木粉を練り合わせたものを盛り上げて形作る方法である。 源流は中国にあり、中国では「夾紵」(きょうちょ)あるいは「ソク(土偏に「塞」)」と呼ばれた技法である。

 

■最後に

慣れ親しんだ長崎の地から縁もゆかりもない日田へ移住し、理学療法士という多忙な毎日を一度横において、改めて自分の呼吸しやすい暮らしを紡ぎ始めた上戸さん。4年目を迎えて見据える暮らしのちょっと先の未来は「みんなで一緒に心地よく」。お話を聞いている間も話ぶりや彼女の優しげな雰囲気から滲み出てきて、私もなんだか日田で一緒に暮らしているような気分になってしまうほど居心地がよかったです。こうやって、1人、また1人とこの町を好きになっては暮らしやすくして、またそこに惹かれて人がやってくるのでしょうね。彼女が近い未来作るであろう空間は、そんな方々がより入りやすい入り口になること間違いなし。ぜひ今後も経過を随時見届けて行きたいですね。

 

photo by Katsumi Kawashima(一部除外)

取材者情報

お名前
上戸木綿子(かみとゆふこ)
出身地・前住所
長崎県長崎市
現住所
大分県日田市
年齢
29歳
家族構成
父、母、妹、弟(現在は単身移住)
職業
ヨガインストラクター、ファシリテーター
Facebook
https://www.facebook.com/yufuko.kamito
Instagram
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  • 恋のように一目惚れ。探せば探すほど本物に出会える、暮らす醍醐味のある日田でヨガを伝えながら日本を再確認するシンプルな暮らし。
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WRITER 記事を書いた人

Tomomi Imai

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snufkiins LLC. 代表社員
離島移住計画 代表
Re-harmo PJ オーナー
25歳でフリーランスとして独立し、多様な分野にてプロデュースやディレクター業を経験。モノコトヒトをつなぐひと。多様な伴走を得意とする。国内外問わず事務局代行・企画編集など多様な業界を経て2018年に法人化。長崎県上五島にてキャンプ場兼カフェ「Re-harmo PJ」を展開し、島に仕事や場を作ったり。絶賛子育て中。ヨガ・サーフィン・音楽・映画・コーヒー・日曜大工が趣味。

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