大分移住手帖

音楽を通して大分市中心部を若者が集まる場にしようと奮闘する日々

Tomoe Sato

ウェブ制作を中心に様々な事業に取り組む会社の取締役を務める高畑さん。
父親の仕事の関係で大分県内各地を転々とした後、進学を機に愛媛県松山市へと移住します。10年ほど暮らした後、両親のそばにいるために大分市へ戻り、30代目前に人間関係などがゼロの状態から再スタート。現在は、趣味としてDJや音楽制作なども行っているそうです。

今回は高畑さんのルーツから、大分に移住して10年以上経った今思うこと、大分市での生活や仕事について伺いました。

松山市で音楽三昧の日々。

高校卒業までは父親の仕事の都合で、数年おきに大分県内を転々としていたため、大分県内で生まれ育ったにも関わらず故郷と感じる地域がないと話す高畑さん。そんな高畑さんにとって高校卒業後に長く暮らした松山市は、人生で初めて定住した地域だという感覚が強く、今でも故郷として懐かしく感じるのだそうです。

そんな高畑さんは学生時代にバンド活動を始め、最終的に行き着いたのがDJでした。松山市では音楽活動のために転職するほど、まさに音楽中心の生活で、充実した日々を送っていたそうです。

いつも心に引っかかっていたのは大分市に残した両親のこと。

松山市で充実した生活を送る中、ふとした時にいつも心の隅で気になるのは大分市で暮らす両親のことだったと言います。

高畑:両親は僕に面倒を見てもらいたいという気持ちは全くなかったそうです。でも長男ですし、ずっと心に引っかかっていて。松山市でたくさんの友人にも恵まれていたし仕事も音楽活動もあったけど、いつかは帰らないといけないのかなという気持ちがありました。その反面、大分市で生まれ育ちましたが、当時は携帯もなかったので、大分県内の友人とは音信不通状態だった事もあり、大分市に帰るなら人間関係などをゼロからやり直さないといけないということに負担を感じていました。
私と同じように進学や就職で県外から松山市に移住した友達は、同市に永住を決めて親も移住させていましたが、僕の場合両親が当時は在職中でしたし大分市に家を建てたこともあり、松山市に呼び寄せることも難しく、色々悩み抜いた結果、転職するタイミングで「今しかない」と思い、帰ることにしたんです。

心のモヤモヤを晴らすために大分へ帰ることを決意した高畑さん。すっかり疎遠になっていた大分へ帰ることに不安はあったそうですが、潔く新たにスタートするのも良いかもしれないと思ったそうです。

独学で始めたウェブ制作。続けるうちに仕事になっていく。

大分市のプロからアマチュアのカメラマンが集まる合同写真展「街」

大分市に帰ってきても趣味である音楽活動を続ける中で、現在の仕事となるウェブの世界に足を踏み入れた高畑さん。

松山市に住んでいた際に、最初はイベント告知のためのフライヤーなどを自分で作りたいと考え、パソコンを買い独学で勉強し始めました。広告ができると次はサイトを作ってみよう、更にイベントの模様を撮影して発信しようと、出来ることが増えていったそうです。そこで、職種としては未経験でしたが大分のWEB関係の会社の求人に思い切って応募したところ、雇ってもらえることに。これが高畑さんの現在のキャリアの初めの1歩だったそうです。

その後、色々な企業やお店のサイトや動画作成を手がけたり、音楽イベントだけでなく合同写真展を開くなど活動の幅が更に広がっていきました。

まちなかで活動を展開。

大分市に移住して10年が過ぎ、大分市での生活にも慣れ、音楽活動と共に人脈も広がってきた高畑さんに、帰ってきてよかったことを聞いてみました。

高畑:一番は両親に孫の顔を見せることができた点です。両親も僕自身も結婚できるとは思っていなかったので(笑)。今は7歳になる娘がいます。

娘さん

奥様は別府市出身で、現在は大分市では珍しいオールハンドメイドのハンバーガーショップ「SHIRO burger」を経営されています。材料は全て国内産の、ボリューム満点のハンバーガーは大好評です。店主である奥様の気さくな人柄も人気です。

大分市府内5番街にあるSHIROburger

現在は府内5番街の理事として、まちづくりなどの活動にも携わる高畑さん。

高畑:街で活動するにあたって、何かしら中に入っていかないと現状も分からないし変えていくことができないと思い引き受けました。クラブでの音楽活動が中心でしたが、もっと幅広い世代の方が参加する公共の場で若者が活躍できる機会を作りたいという気持ちがありました。

そのため、人通りの多い府内5番街で様々なライブ・DJイベントを展開したり、大分市中心部で開催されるイベントに参加したりと、音楽活動に主催者側として携わってきました。

大分市中央通り 歩行者天国のイベントにて

音楽などの活動をしたい若者がやりがいを感じる場を作りたい。

高畑さんが大分市のまちなかで活動を行う理由の一つに、同じように音楽活動をする若者への想いがあります。

高畑:クラブのイメージは、ニュースや報道などで見かける事件などのイメージがあり正直あまり良くありません。ただ、真面目にDJを頑張っている子もいて、その子達に向けてクラブ以外でも頑張った先の目標となる場を何かしら用意したいんです。

音楽活動は拘束時間も長いし機材や音源などでお金もかかる割に、なかなか収入には結びつきません。新しい若者が出てきても数年経ったら辞めてしまうことも多いです。それこそ学校卒業と同時にいなくなるなんてことも少なくありませんし、結婚などの人生のイベントをきっかけに引退する方も多いです。クラブミュージックの世界でも、このジャンル自体を好む若者が減っているせいか、なかなか次世代が育ちにくい状況にあります。

高畑さんはDJ活動と平行して作曲活動も行っており、インディレーベルからリリースを行っっているそうです。

府内5番街 「Play」音楽イベントより

高畑: DJは既存の曲をイベントでプレイするのですが、いくら上手に曲をアレンジしようがミックスしようがそれ自体はお金になりません。自分の曲を売り出せばそれが収入の一つになります。手順を覚えてこういう方法もあるよと伝えるためにも、自分がまずやってみないと他の人にも勧められないと思うんですよね。音楽好きということが大前提として必要とは思いますが、活動を続けていくためには活動の場や収益の確保など、色々な選択肢が必要とも考えています。

現在の仕事も音楽活動も、「まずやってみる」という高畑さんの挑戦の姿勢が見て取れます。

県外で暮らしていたからこそ見える大分市の中心部にいる若者の少なさ。

DJ仲間とイベントにて

府内5番街の理事としてまちづくりに関わるとともに、音楽活動などを通じて、その中で大分市のまちなかが抱える問題を感じるようになったと言います。

高畑:大分市は他の街に比べると、まちなかに大学のような教育機関が少なく、若者が中心部に集まらないと感じます。大分市と人口規模が変わらない松山市では、まちなかが若者で賑わっていたのに、大分市では圧倒的に少なく若者の空洞化を感じました。

例えば、大分大学の学生にイベントを手伝ってもらうにもバスや電車が必要で、必然的に終電前には帰らないといけません。松山市では大学や短大などが中心部にあり、学生が徒歩や自転車で気軽に足を運ぶことができ、アルバイトをしてそのまま食事に行く姿をよく見かけましたし、そうして過ごす中で特に学生さんはまちなかに愛着を持ちやすかった様に思います。”大分市は田舎だ”なんて言われますけど、実はアパレルや飲食店など色んな店は揃っています。でも、まちなかに足を運ぶまでにワンクッション必要で、それならネットショッピングで良いかとなる気持ちも分かるんです。
大分市のまちなかの良さを若者が知る機会が少なく、中心部でバイトをする方も少ないのが現状です。

大分市のみならず、地方の地域では都会よりも人口が少なく公共交通機関の充実はやはり劣るもの。特に大分は車がないと移動が難しい場所が多くあります。

そんな中で少しでも若者が集まる機会を作り、まちなかに愛着を持ってもらえればと、高畑さんは今自分にできることを少しずつカタチにしたいと考えています。

失敗してもいい、未経験でも積み重ねることに意味がある。

大分市府内5番街の通り

高畑さんは悩みながらも大分に戻り、今は「気持ちが晴れた」そうです。

人間関係がゼロの状態から大分に戻り、現在に至るまでに仕事や人を繋げることができた高畑さんですが、同じように仕事や経験もない状態で大分に戻ろうと考えている方にアドバイスをいただきました。

高畑:意外とやっていないだけで実は仕事になることってたくさんあります。極端な話ですが、例えばライターという仕事は文章が書けて「ライターです」と名乗れば一応なれます。

今は場所にとらわれない仕事も増えているので、住所に関わらず好きな仕事に就けるチャンスも大きくなっています。田舎だからできないということは少なくなっているので、学生さんや就職活動をしている方々には、「こういう仕事をしたい」という明確な意思を持って頂いた上で、色々な会社と繋がって欲しいと思います。未経験だからやらないのではなく、とりあえずやってみる。きっと誰でも何かひとつは自分に合ったものに出会えると思います。ウェブ制作にしろ撮影にしろ、経験がない(=先入観や固定概念がない)ことがいい結果に繋がることもあります。やってダメなら次のことに挑戦すればいいし、何より失敗した経験自体が財産になります。

おわりに

県外から帰ってきたからこそ見える大分の良さや問題点。大分は都会に比べれば不便なところもありますが、高畑さんのように色々な思いを持ち精力的に活動されている方も多くいます。

仕事やプライベートをはじめとする様々な活動を通じて、高畑さんの挑戦はこれからも続いて行きます。高畑さんが仕掛けていくイベントや企画は、大分市をまた違った角度で楽しめる良い機会かもしれません。音楽活動を行っている方はもちろんのこと、移住を機に何か新しいことに挑戦してみたい方はぜひ気軽に覗いて、高畑さんに声をかけてみると、新たな発見があるかもしれません。

取材者情報

お名前
高畑 圭司
出身地・前住所
愛媛県松山市
現住所
大分県大分市
年齢
44歳
家族構成
妻と娘(7歳)
職業
株式会社moremost(URL:https://moremost.jp)
Pdw(URL:https://pastimedesignworks.com)
Facebook
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Instagram
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PHOTO

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WRITER 記事を書いた人

Tomoe Sato

大分生まれ、大分育ちの根っからの大分人。看護師として働くも現在は塗装屋さんの妻と、2人の子育てをしながら趣味の延長線でライターとして活動している。

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