大分移住手帖

都会でなくても何でもできる。自らの経験や想いを昇華し、みんながより暮らしやすい社会のために奔走する日々。

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おおいた移住計画の発起人であり、当メディア(おおいた移住手帖)の運営にも携わる河野さん。東京や福岡での生活を経て大分市にUターンしました。そんな河野さんに、今の取り組みに至るまでの想いやこれから先の未来に向けての取り組みについて伺いました。     

河野さんと息子さん

憧れていた都会暮らしに疲れて

ホームページ制作や、ウェブ系システム開発などを行う株式会社モアモストを創業し現在は取締役を務めています。最近は事業者が自ら情報発信をできるようにInstagramGoogleマイビジネスFacebookなどを中心としたSNSマーケティングの講師や伴走支援、メディア出演や講演活動などアクティブに活動中。同時にシングルマザーとして子育てに励む多忙な河野さん。大分にUターンするまでの日々をお聞きしました。

河野 : 生まれも育ちも大分市だった私は、高校卒業と同時に「大分には何もない」と考えて福岡へ、その後東京に憧れて上京しました。10代の頃は飲食店やSEO対策をおこなうITベンチャー、ウェブマーケティング会社、プログラミングの会社などを転々としていました。

もともと小学生の頃からホームページをつくるようないわゆる”オタク”だったこともあり、仕事はパソコンとインターネットがあればできる業種でした。起業するまでは1〜2年に1回は転職していて、貯金もないのに毎日同じメンバーと飲んではくだを巻くような、疲弊した生活をしていました。いつからかにとっての都会は「夢かお金か愛がないと生きるのにはつらい街」となっていました。

都会での暮らしに疲れたので、本当は大分市に帰りたかったのですが、田舎にはプログラマーなどの仕事がないイメージがあり、福岡市に移住しました。

週末は息子とカフェめぐり。写真は耶馬溪にある豆岳珈琲(マメタケコーヒー)

大分市へUターン

出身地である大分市に戻りたいとは思うものの、ウェブ関連のお仕事が大分市にはないという思い込みに悩んでいたという河野さん。そんな不安を払拭する出会いが訪れます。

河野 : 大分に戻ったところでやっていけるのかという不安があり、福岡で起業をしたのですが、現在のイジゲン株式会社の鶴岡社長が私の会社に参加することになり、これが大分に戻るきっかけになりました。

鶴岡社長とは、大分には仕事が無いと思っているエンジニアさん・プログラマーさん・ウェブデザイナーさんのために大分でIT技術を活かせる仕事をつくれないかというで盛り上がったことを覚えています。

私よりも鶴岡社長のフットワークが軽く、初めて会った当日に職を辞め、翌日には借家も解約し、先に大分に戻ってしまいました。私はせめて二人分の仕事と、事務所移転にかかる諸々の費用が貯まってからと考えていたので、正直びっくりしました。(笑)

出身地へのUターンということもあり、移住に関して不安はなかったそうです。

河野 : 実家に戻ったので、他の移住者の皆さんのように移住に要する費用や、友だちがいないという不安はありませんでした。ただ、先に動いてしまった鶴岡社長のことを考えると気が気じゃ無かったです     

モアモスト社内。

今の暮らし

こうして大分市にUターンした河野さん。都会での暮らしとの違いをお聞きしました。

河野 : まず「無駄な時間と出費とストレス」がガクッと減りました。

東京で住んでいた家は恵比寿駅から徒歩13分で家賃13万円の1Rを友人とシェアしていました。大分駅前でも同等の広さであれば5万円以下で借りることができます。差分の8万円で、月に2回ほど2泊3日で東京との往復もできるので、しばらくはクライアントとの打ち合わせのため2拠点生活をしたりもしていました。

もとより、出勤にかかるストレスがありません。満員電車に揺られることも、駅まで歩くことも、乗り換えのちょっとしたストレスも無くなりました。     

妊娠中も出産後も子連れで東京出張をしていましたが、満員電車のでは「お腹がつぶされる!」とか、子連れにとってはベビーカーに優しくないインフラ(満員電車はもとより、階段が多い・エレベーターが少ない、歩道が少ない)ばかりで、「東京は妊婦にも子育て世代にも全然優しくない!」と思っていました。

大分市だけでなく中心部以外のエリアは車があると便利というか、ないと不便だと思います。ただ車を持つことで、妊娠・子育て世代はもちろん、個人としての視野を大きく広げてくれると思います。

よく移住に関する質問で「教育面の充実」を問われるのですが、確かに都会ほど多くの選択肢はありません。でも、ITプログラミング教室や、英語を学べるインタースクール、自然の中で学校カリキュラムではない内容を進めるフリースクール(ここのねさん・みんなの学校さん)、発達障害・ADHD・自閉症・学習障害、不登校のお子様のサポートに特化した学習塾などもあります。

そんな河野さんに、現在の日々のライフサイクルをお教え頂きました。

河野:平日は、朝起きて、保育園に子どもを連れていき、事務所に行きます。9時〜17時半まで働き、その後保育園にお迎えに行き、20時半に寝かしつけた後は自分の時間です。

土日・祝日などお休みの日は、子どもが生まれてからは、基本的に子どもとの時間です。テーマパークや近所の公園には行き尽くしているので「子どもも一緒に片道2時間程度で行ける場所」を探し、温泉めぐりをしたり、自然に触れたりしています。定番ではないお出かけ先を見つけるのが趣味になりました。それを少しだけですがまとめたInstagram(大分キッズ)も運用しています。お買い物がしたいはネットショップ、都会しい時は福岡や東京に行ます。暮らしは大分で、刺激は旅行で、という感じでしょうか。

移住者としての経験をに、同じように悩む皆さんの手助けをしたいと考えたそうです。

河野 : 私はUターンをしてもう10年になるのですが、その時は今のようにコミュニティや移住支援制度などがありませんでした。なので、当時困ったことを少しでも解消できればと思い、2015年に「おおいた移住計画」を立ち上げました。都会に住んでいて移住を考えている人のイメージと、移住先での実際の生活にはギャップがあると感じます。そういうギャップを埋めたいです。

また、IT業界は最も場所にとらわれない業種だと思っているので、今でも多拠点生活をしたいな、と思ったりしています。

モアモストに併設されているレンタルスペース Mitsubachi(ミツバチ)

これからへの想い

これから先の未来へ向けて、様々な面から取り組んで行きたいと考えているそう。

河野 : 自分と自分に関わる周りの人たちが、生きるためではなくやりたいことを実現するために会社を利用していけるような、そういう会社をつくれたらと思います。子どもたちと、その親御さんが生き生きとした生活ができるように、まずは自分の経験を生かしてママやパパたちが働きやすい仕事づくりができたらと考えています。

また、別府温泉の存続にも取り組みたいです。

シングルマザーなので子どもを交代で見るようなことができず、まず赤ちゃんをお風呂に入れて寝かしつけ、再度自分だけ入るということがありました。そんな時にたまたま立ち寄った別府温泉で、地元のおばあちゃんが「赤ちゃんは見とくから温泉に入っておいで」と声をかけてくれました。

そんな人情溢れる別府温泉ですが、高齢化や老朽化で閉鎖が相次いでいます。私も大好きなこの別府温泉を存続させるために、どうにかできないかと考えています。

息子さんとの時間を大切にしているそう。

移住を希望する皆さんへメッセージ

河野さんから最後に移住を考えている皆さんへメッセージを頂きました。

河野 : 思った以上に「都会にしかないもの」は無いなと思うので、こんな生活がしたいとか、こんな仕事ないかな?というのがあれば、おおいた移住手帖見ていただければと思います!

河野さんと息子さん

 

最後に

会社の代表として、シングルマザーとして、多方面で活躍を続ける河野さん。移住に関することのみならず、様々なお話を伺う中で、自らの経験に基づいた確固とした信念とその実現のために何を成すべきかという決断力・行動力を感じました。これから先のより良い未来へ向けて、更に躍動する彼女の活躍を追い続けたいと思いました。

取材者情報

お名前
河野忍
出身地・前住所
出身地:大分市
前住所:福岡市
現住所
大分県大分市
年齢
35歳
家族構成
母、おば、息子
職業
モアモスト(https://moremost.jp/) 創業社長
おおいた移住計画 (https://oita-ijyutecho.com/)発起人
Webサイト
https://www.facebook.com/nobushino
WRITER 記事を書いた人

Kg

自営業。Pdw代表/シロバーガー統括、府内5番街理事、SC-RECS.com/クラブイベントインフォ/SCLS/DubRize/PLay/合同写真展など主宰、サイト・DTP・DTM制作、ライター/DJ/ライブ/テルミン使い。
https://twitter.com/_pdw

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